主従 |
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「あぁ、今日でしたね。彼らが来るのは」 カレンダーの数字を見ながら、思わずそんな言葉が漏れた。 コーディネーターに対する秘策として、ナチュラルの子供に薬を与え、コーディネーター並みの、いや、それ以上の能力を与えようと言う計画が立ち上がってから約1年。 いくつもの施設を回り、三人の子供を被験者として抜擢した。 オルガ・サブナック、シャニ・アンドラス、そしてクロト・ブエル。 皆、身寄りの無い愛に飢えた孤児たちです。 そんな彼らに、これから僕の望む世界の為に働いてもらう訳ですが、クロトに関して言えば、自ら名乗り出てくれた事は、大変ありがたい事でした。 例えそれが、愛しい者を自らの手で黒く染める事になろうと、僕にはブルーコスモスの盟主と言う立場があります。 この地位を捨てることが出来ない以上、こうなる事は避けられなかったのです。 もちろん、僕は未だにクロトの事を愛しています。 ただ、こうなってしまった以上、僕は"主人"という役を、きちんと演じてみようと思います。 それが、僕自身へのケジメなんです。 コンコン 僕を現実に引き戻すように、ドアを叩く音が聞こえた。 どうやら、到着したみたいですね。 「どうぞ」 入室の許可をすると、補佐官に続いて三人の少年達が入ってきた。 「あぁ、君はもう戻って結構ですよ」 補佐官にそう言うと、一礼をして、静かに退室していった。 ドアが閉まったのを確認し、僕は彼ら一人ひとりの名前を読み上げた。 「オルガ・サブナック。シャニ・アンドラス。クロト・ブエル。三人とも、よく来てくれましたね」 そう言って、三人の顔を改めて確認する。 一応、自分の立場が分かっているのか、きちんと姿勢を正しているオルガに、いつもと変わらず、眠たそうにしているシャニ。そしてじっと僕の顔を見つめるクロト。 どうやら、君は既に覚悟を決めているようですね。 では、僕も覚悟を決めるとしましょうか。 僕はこれから、君にとってとても残酷な言葉を言います。 分かっていますね?クロト。 無言の問に答えるように、クロトが微笑んだ。 「改めて、挨拶でもしておきましょうか。今日から君達の主となる、ムルタ・アズラエルです」 「んな事、知ってるし…」 独り言のように、シャニがぼそっと呟いた。 相変わらず、マイペースなんですね。シャニは…。 もちろん、今まではそれでもいいんですが、これからはそれも直してもらわないといけませんね。 「何か勘違いしているみたいですから、訂正させていもらいますが、君達は、僕の為に動く駒です。今までの様に、軽々しい口をきくのはやめてもらいましょうか。君達は、僕に忠誠を誓っているんですからネ」 そう言うと、シャニは非常に嫌そうな顔をしました。 まぁ、当然の反応ではありますけどね。 「使えないと思えば、即捨てます。当たり前ですが、ここでは僕に絶対服従です。もし、逆らおうものなら…どうなるか、分かってますよネ?」 「死…だろ」 オルガが落ち着いた声で、僕の問いに答えた。 「その通りです。大丈夫そうですね」 もともと、僕が視察をし、選抜した子供達だ。十分に、飴も与えてある。 飼い犬に手を噛まれるような事は無いでしょう。 「じゃあ、今日はこれで解散して結構です。明日から、早速検査を受けてもらう事になります。それまでは、各自用意した部屋で休んでください」 そう言うと、真っ先にシャニがドアに向かい、続いてオルガとクロトが、部屋から出て行こうとした。 「あっ、クロト。君は少し残ってください」 僕の突然の呼びとめに、クロトは一瞬目を見開いたが、それもすぐにいつもの笑顔に戻った。 「はい、わかりました」 シャニとオルガが退室したのを確認し、クロトに向き直る。 「お久しぶりですね、クロト。元気にしていましたか?」 「はい。ムルタ…いえ、アズラエル様」 おや、"アズラエル様"ですか。"ムルタさん"と呼んでいた頃とは、大分変わりましたね。 「えー、クロト」 「はい。なんでしょうか」 「その、様付けは、止めていただけると、大変嬉しいんですが」 そう言うと、クロトが困ったような顔をした。 「だって、僕はムルっじゃなかった、アズラエル様の従者だから…」 あぁ、一様、クロトなりのケジメってやつですか。 ですが、今までずっと"ムルタさん"って呼んでいたからか、凄くぎこちないんですけどね。 「確かに、僕は君達の主で、君は僕の従者です。ですが、だからと言って無理をする事はありません。せめて、"アズラエルさん"にして下さい」 そう言うと、クロトがちらっと僕の顔を見た。 「いいんですか。それで…」 「えぇ。その代わり、しっかり僕の役にたってくださいね」 僕は君の事を、廃棄処分にはしたくないんでね。 「わかりました。アズラエルさん」 そう言って、クロトは以前と変わらぬ笑顔を浮かべた。 「話はそれだけです。君も疲れたでしょうから、もう戻っていいですよ。明日から、忙しくなりますからね」 「わかりました。じゃあ、失礼します」 ぺこりとお辞儀をし、クロトは退室していった。 そんなクロトを見送ると、僕は自分の椅子に、どかっと座り込んだ。 思わず、大きなため息が漏れる。 どうやら、簡単な物じゃないみたいですね。主従関係というのも。 でも、案外これも楽しいかもしれませんね。 主という立場なら、大抵の事は出来るんですからね。 楽しみにしていてくださいね、クロト。 君を、僕一色に染める日も、そう遠くないみたいですよ。 |
END |