堕天使
僕の名前はクロト・ブエル。年は13で、家族はいない。僕もよく知らないんだけど、どこかに逃げたらしいんだよね。
だから僕は、この孤児院で生活をしている。どこの宗教かは、興味ないから知らないけど、神様の子を崇めているらしい。
でも僕が好きなのは、その神様の子より、その母親かな。今は少しくすんでしまったけど、僕と同じくらいの大きさのこの像は、何か懐かしい気がするから。

そう言えば僕には最近、凄く気になる人がいる。
その人の名前はムルタ・アズラエルさん。
半年前から、ここに来るようになった人で、とても偉い人らしい。
らしいって言うのは、彼があまり仕事の事に関しては話をしてくれない所為だ。
本当はもっとムルタさんの事が知りたいのに、彼は話してくれない。
それは、僕がまだ子供だからなんだろうか?もっと大きくなって、彼の役に立てる人間になれたら、もっと貴方の事を話してくれるのかな?

この間、もし、ムルタさんがいなくなったらどうするかと、本人に聞かれた。
その時僕は"もしも"でも、そんな事は考えたくないと答えた。
だって、ムルタさんは僕にとって大切な人なんだ。
だけど…。もし、本当にいなくなってしまったら、僕はどうするだろう。


「ムルタさん」
「なんです?クロト」
「ムルタさんは、僕に何を隠してるんですか?」

僕がそう言うと、ムルタさんの目が、一瞬だけ揺らいだ。

「いきなりどうしたんですか?」
「ここ最近、ムルタさんは僕と目を合わせようとしないですよね。まるで僕から逃げているみたいです」
「……。そんな事はありませんよ」

そう言って、僕の目をじっと見つめて笑ったけど、どこか無理をしているみたいだ。

「ねぇ、僕はそんなに信用が無い?まだ子供だから?だから、ムルタさんの力になれないの?」

そう言うと、ムルタさんは首を横に振った。

「君の事は凄く信頼してます。それは本当です」
「じゃあ、なんで何も話してくれないんですか?ムルタさんのしているお仕事についてとか、僕は何も知らないよ。僕はムルタさんの事がもっと知りたいのに…」

じっとムルタさんの顔を見つめていると、ムルタさんは困ったように笑った。
そして少しだけ僕から視線を外し、小さくため息をついた。

「わかりました。クロト、これから僕の言う事をよく聞いてくださいね」
「はい、ムルタさん」
「僕は今、ある計画に協力している子供を捜しています。ここにずっと通っていたのも、その為です。そして今回、計画にぴったりな子供に出会いました」
「それが僕、という事ですね?」
「えぇ、そうです。本当にクロトは、物分りが良いですね」

そう言って、少し寂しげな笑いをした。

「ありがとう御座います」
「ですが、僕はとても迷っています。君に協力してもらうべきかどうか」
「何故ですか?」

折角、僕と言うムルタさんの希望通りの子供に会えたのに、なんで今更迷うの?

「その計画は前代未聞です。ですから、君がどれだけのリスクを負う事になるかも分かりません。そんな計画に、どうして君に協力してもらえると言うんですか?」

リスクを負う?
つまりムルタさんは、僕に何かあったら嫌だから、計画に参加して欲しくないって事?
それってもしかして、僕は大切に思われているって事なのかな。

「それに…。僕としては、天使のように真っ白な君を、僕の手で汚したくないんですよ。分かってください」

そう言って、優しく僕の頬に触れた。
僕の頬より体温の低いムルタさんの手のひらが、凄く心地良い。
そんなムルタさんの手に、僕は自分の小さな手を添えた。

「でも、ムルタさんには僕が必要なんですよね?」

そう言ってムルタさんの顔を、見返した。

「えぇ、そう思っていました。でも何も君でなくてもいいんです。代わりは、他にも一杯います」
「そんな…。僕にはムルタさんしかいないのに?」
「クロト?」
「親にも捨てられて、ずっと一人でした。だけど貴方に会えて、僕は凄く幸せだったんです。貴方と一緒にいる事が、僕の楽しみだったんです。なのに、貴方はそれでも僕の前から消えるんですか?」
「僕だって、出来れば君と離れなくはないんです。でも、君の為には仕方が無いんですよ」

震えた声で、ムルタさんが呟く。
どうしてムルタさんは、こんな僕に、そんなに優しくしてくれるんだろ。

「それはムルタさんの意見でしょ?僕は、自分で考えて言っているんですよ。それなのに、ダメなんですか?」
「もし、それが君の世界を終わらせるとしても、それでいいんですか?」

ムルタさんの質問に、僕は少し考えてから答えた。

「好きな人がいない世界に、僕は未練なんてありませんよ」

だって、僕の世界は貴方で構成されているんですよ?
その世界を、どうやって捨てる事が出来るんです?
僕の世界が終わる時は、貴方がいなくなる時です。

「本当にいいんですね。君は、人間をやめなければやらなくなるんですよ?」

ムルタさんの言葉に、僕はにっこりと笑ってみせた。

「大丈夫ですよ」

例え人間でなかろうと、それでも貴方の役に立つのでしょう?
それなら本望ですよ。
ムルタさんの手を取り、僕は自分の唇を押し付けた。

もし貴方が地獄に落ちるというのなら、僕は進んで貴方について行きましょう。
だって貴方こそが、僕の全てなんですから。



END





モドル