サヨナラ
僕の名はムルタ・アズラエル。国防産業連合国で理事を任されている者です。
そして、反コディネーター組織"ブルーコスモス"の盟主でもあります。
遺伝子操作によって作られし、禍々しい生き物コーディネーター。
それらからこの世界を守る為、蒼き清浄なる世界の為に働くのが、ブルーコスモスです。
そして今回、ある極秘プロジェクトに参加する人間を探して、僕はある場所へ足を運んでいました。

日の光が色とりどりのステンドグラスから零れ、その光は薄暗い聖堂を温かく包み込む。
中央には、少しくすんでいるが乳白色の聖母マリア像が置かれています。
そしてその像の前に、眩しい赤い髪の少年が1人、ぽつんと座っていました。

「クロト」

僕がその少年の名を呼ぶと、その子はぱっと嬉しそうにこちらを振り返った。

「ムルタさん!!」

僕の名を呼び、こちらに近づいてくるのは、ここで生活をしている身寄りのない少年。名をクロト・ブエルと言います。
少し癖のある赤い髪に、僕と同じ空のようなブルーの瞳が印象的な少年です。
今年で13になるそうですが、それでも年頃の子供たちよりも少し成長が遅いらしく、僕が少しでも強く力をいれたら壊れてしまいそうな身体をしています。
もちろんそれは、ここでの生活の所為もあるでしょう。
僕はこの子供を、その計画に使おうと思っていました。
その為にこの半年、彼と出来るだけコミュニケーションを取り、絶対的な信頼を得ました。
愛に飢えている子供を手懐けるのは、結構簡単なんですよ?
今ではこの通り、僕の姿を見るだけで近寄って来ます。

「こんにちは、クロト。元気にしてましたか?」
「はい、ムルタさん」

にっこりと笑って、僕の言葉に答える姿は従順で、計画にぴったりだと思いませんか?
もちろん、僕が主である以上、飼い犬に手を噛まれるような事は無いと思いますがね。
それでも素直な子供は僕も好きですし、可愛げがあります。
無反応で、反発ばかりを起こしている子供は、見ていて嫌になるだけですからね。
諸々の事を考えた結果、クロトを採用しようと思いました。
ただ、当初予想もしていなかった事が、起こってしまったのです。
僕が彼を愛してしまったのです。
こういうのを、ミイラ取りがミイラになるって言うんでしたっけ?
相手は、まだ世界も知らないような子供です。
それなのに、こんな気持ちを抱いてしまった僕は、少しおかしいのかもしれません。
でも、どんなに自分を誤魔化そうとしても、心は正直な物です。
こうしてクロトに会いに来ると、自然と心拍数が上がってしまうんですからね。
そんな訳で、彼をあの計画に利用できる訳も無く、僕は正直困っていました。

「ねぇ、クロト」
「なんですか?ムルタさん」

無垢な瞳で僕の事を見上げる君は、まるで天使のようだと、僕はその時思いました。
そんな君を見て、僕は小さく笑った。

「もし、僕がいなくなったら、君はどうしますか?」
「ムルタさん、どこかに行っちゃうんですか?」

急にその目は不安の色に染まり、ぎゅっと僕のスーツをクロトの小さな手が掴んだ。

「もしもの話ですよ」

僕はクロトの目を見つめ、出来るだけ優しく言葉を返す。

「もしもでも、そんな事…考えたくないです」

機嫌を損ねたように、僕から目線をそらして言う姿は、とても可愛らしいと思います。
たぶん、こんな事を思う事自体、間違いなのでしょうね。

「そうですね。すみません、変な質問をして」

僕がそう言って謝ると、クロトはハッとしたように顔を上げ、ぶんぶんと首を横に振った。

「そんなムルタさんが謝る事は、何もないですよ」
「そうですか?」
「はい」

じっと僕の顔を見て、真剣な顔でクロトは頷いた。
そんな彼を見て、僕は自然と笑みを零していた。

「ありがとう御座います」

そう言うと、クロトは少し照れつつも、嬉しそうに笑った。
そして今度は、僕の身体にぎゅっしがみ付いてきました。

「お願いですから、僕の前からいなくならないで下さい」

まるで僕の考えていた事を悟った様に、クロトが呟いた。
どうやら僕は、君にお別れを言う事は無理のようです。
この計画に選ばれようと、選ばれなかろうと、君とは別れる運命なんですけどね。
どうしてでしょうか。

「サヨナラ」

その一言で全てが終わると言うのに、僕はそれすらも躊躇っている



END





モドル