所有物
生徒会室に顔を出すと、珍しく蛇崩が昼寝をしていた。
他のメンバーを探すが、どうやら彼女一人しかいないようだ。
自分の机を見れば、蒲郡の字で急用が入ったので、そちらに向かうから、蛇崩を起こしたら戸締りをして欲しいとの旨が書かれた手紙が置いてあった。
多分、部活指導を終えた蛇崩が気持ちよさそうに寝ているのを見て、蒲郡も起こすのを躊躇ったのだろう。
今日は僕が生徒会室に行く事を伝えてあったので、メモを残して出かけたという所かな。
心の中で、了解と返事をし、椅子を回転させて蛇崩を再度見る。
お気に入りのぬいぐるみを抱え込み、少し背を丸くしてソファの上で寝ている姿は、猫みたいで愛らしい。
そう言えば、彼女の性格はどちらかと言うと、猫っぽいんだよなと思う。

小さい体に似合わず、存在感は大きい。
どんな相手にも、堂々と自分の意見を言い、時には相手の神経を逆なでする物言いで、自分のペースに乗せる。
そしてどこまでも自由だ。

そんな彼女は他者に染まらない。
皐月様にご執心だが、そこには不動の感情があり、決して彼女の色に染まったわけではない。
あくまでも彼女が求めているのは、対等な関係であって、ただの駒として存在するのは彼女の意に沿わない。
それが分かっているからこそ、皐月様も蛇崩の事を気に入っているのだろう。
彼女たち二人の間には、男の僕たちには入れない絆がある気がする。

なら、自分はどうだろうか。
彼女を好きになった時から、彼女色に染まりきっている。
想いを伝える前から、こっそり彼女の姿を視界の端に留めていた。
時には彼女が好きそうなお菓子を持ち歩いて、偶然を装ってあげる事もあった。
改めて分析すると、少々女々しい気がしなくもないが、それくらい必死だったのだ。
どうしても蛇崩を手に入れたくて、彼女の脇にいるのが自然になるように仕向けた。

その甲斐があってかどうかは彼女のみが知る真実だが、僕はなんとか恋人と言う立場を手に入れた。
独占欲や嫉妬の気持ちが見え隠れするのは、非常に満足している。
彼女の心を僕が手にしているような錯覚を受けるからだ。
しかし彼女は彼女で、何かに染まったわけではない。
その爪先のちょっとでもいいから、僕色に染まってくれればと思うのは、我儘だろうか。

そんな事を思っていると、何かが落ちる音がした。
金属の様に鋭い音ではなく、くぐもった音だった気がする。
部屋を見渡せば、先ほどまで丸まっていた蛇崩れが寝返りを打ったらしく、ソファの下に彼女のプレイヤーが転がっている。
ラズベリーピンクのボディーに同系色のラバーのケース、シュガーピンクのコードとトリュフみたいにデコレーションされたイヤホン。
どうやら、寝入るまでこれで音楽を聴いていたのだろう。
状況を分析し、彼女の手をすり抜けたプレイヤーを拾い上げる。
彼女がここまで安らかに寝ているのは珍しく、どんな音楽を聴いていたのか興味が沸いた。

親指でボタンを操り、再生曲を確認する。
するとそこには意外な曲名が書かれていた。
似たような名前の曲が他にもあるのを知っていたが、アーティスト名まで一緒である事に気づき、半年ほど前の会話を思い出す。

「うーん、私の好みじゃないわね」

少し首をひねり蛇崩は、僕の部屋に置かれた音楽ディスクを一つ一つ手にし、いくつかセレクトしてプレイヤーにセットし、視聴していく。
作業をするのに、集中する時は出来るだけ静かな方がいいのだが、たまに何かBGMが欲しくて買ったものだ。

「生憎、君と違って音楽への興味はそこまで深くないからね」

どこかで聞いて、いいなと思った曲を、気分が向いたら買う。
無かったらお店を梯子するなんてことはしない。
そんなこだわりのない集め方をした音楽を、彼女はあまりお気に召さなかったようで、彼女セレクトの音楽が僕の部屋を彩るのには、あまり時間がかからなかった。

「そのうち君専用の棚が出来そうだね」

そうやって笑えば、まんざらでもなさそうな顔で、蛇崩は頷く。

「うん、それも悪くないわね」

そう言った次の日、先行して棚を買いに連れて行かれたのもいい思い出だ。
どちらかというと殺風景な部屋に、真っ赤なカラーボックスと真っ白なカラーボックスが並んでいるのにも、最近、やっと慣れたところだ。
そこにディスクを並べる蛇崩はとても楽しそうで、それを見るのが嬉しくもあった。
当然、彼女が気に入らなかった音楽は、彼女が来ている時にBGMに使われることはなかった。
それなのに好みじゃないという音楽が、彼女のプレイヤーに登録されている。
しかもそれは1曲ではなく、今まで彼女に紹介した音楽全てだった。
彼女の所有物が僕の色に染まっている。
それだけで心がこんなにも満たされるとは思わなかった。

「ありがとう、蛇崩」

蛇崩の枕元にプレイヤーを戻し、彼女の頭をひとなでしてから自分の席に戻る。
今度、彼女がうちに来た際には、今日聞いていたであろう音楽をかけてみよう。
きっと口では難色をしめしつつも、嫌だとは言わないはずだ。



END





モドル