恋に落ちた瞬間
恋というのは気持ちでするもんじゃないと、俺は思う。
言うなれば直感だ。
理性なんかどこかに吹っ飛んで、気付いた時には引き返せなくなっている。
だからこそ、恋は面白いのだと思う。

いつ、どんな子に、どんな風に恋に落ちるか。
それは自分自身でさえ分からないし、ましてや赤の他人には当然わかりっこない。
だから厄介な事に、恋はいつも突然始まるのだ。



ジンの整備を終え、食堂に向っている途中での事だった。
偶然、同じく訓練を終えたイザークとディアッカに合流したのは。
始めは今日の予定の事とかについて話していたが、ふと思い出したようにディアッカが聞き慣れた名前を口にした。

「そういやさ、ラスティの奴、どこにいるか知らねぇ?」
「ラスティ?いや、今日はずっと整備してたから見てないぞ」

自然界には絶対存在しない鮮やかなオレンジの髪。
それを持つラスティは、人ごみに紛れていてもすぐに見つけられる。
しかし今のディアッカの様子から、それでも見つからないといったところだろうか。
まぁどこかガキで、己の道を突き進む(暴走とも言う)奴だから、どこかに紛れているのかもしれないな。

「ラスティの奴に、なんか用事でもあったのか?」
「ちょっとね」

なんとなく含みのある言い方に、ちょっとその内容が気になった。
勿論、個人のプライベートな事まで聞く気はない。
それでも気になってしまうのは、人の性ではないだろうか。

「おいおい、俺に隠し事か?」
「いや、そういう訳じゃないんだけさ」
「なら教えろよ。イザークも知ってるんだろ?」

そういってディアッカの隣を歩くイザークに声をかけたら、妙に鋭い視線で射抜かれた。

「こいつのくだらん用など、俺が知るわけなかろう!」

やや(いやかなり)不機嫌な声で答えると、イザークは尚も不機嫌そうな顔で視線を進行方向に向けた。
俺はとんとんとディアッカの肩を叩き、イザークに聞こえないように(というか聞こえたら、さらに痛い言葉が飛んでくるから細心の注意をはかり)小声で話しかけた。

「おい、ディアッカ。お前、イザークに何したんだよ。すっげぇ機嫌悪いぞ」
「いや、俺はなんもしてないんだけどさ。ほら、あいつがね」

名前を出さなくても、イザークの不機嫌さから"あいつ"ことアスランが関係している事は、俺にも簡単に想像はついた。
思えば、アスランがクルーゼ隊に来た日、アカデミー時代の話を聞いた時から仲はよくないと思っていたが、こうも毎日だとさすがにな。
ある意味、手負いの虎だな。
周囲にいるもの全てに敵意をむき出しにしているというか。
ディアッカのやつもいくら同室とは言え、よくイザークと共に行動できるよなと、思わず感心してしまう。
生憎、俺と同期のオロールやマシューは大人しい方だから、イザークのように気性の荒い(というより、プライドが高いといった方が適切だろうか?)は少々扱いにくいと思う。

なぜか、今回クルーゼ隊に入っていたルーキーはどれも個性的だ。
どこか苦労しそうだが、機械弄りをしていれば機嫌のいいアスラン。
にっこりと笑えば可愛いものの、時にぐさっとショックを受ける言葉を言うニコル。
この通り、プライドが高いイザークとイザークの苦情を一心に受けるディアッカ。
そして何を考えているかわからない、生意気なガキのラスティだ。
よくもまあ、ここまで個性的なエリートがそろったものだと感心する。
俺に言わせれば、皆ガキだけどな。

そんな事を思いつつ前を向くと、今まで目の前を歩いていたイザークが、なぜか妙に通路の端に寄っている事に気が付いた。
今、俺達が歩いている食堂までの通路は、人が4人ぐらい横に並んで歩いても余裕がある大きな通路だ。
狭い艦内ならともかく、こうも広い通路で端による事は滅多にない。
ましてや、ほんの少し前までイザークも通路のやや中央側を歩いていた。
どうしたんだと疑問に思って声をかけようと思った時、なぜか俺の脇を歩いてたディアッカまでもが、通路の端を歩き始めた。

もしかして、俺ってハブられている?

ふと思った考えに、そんな事はあるわけないという結論を出した時だった。
妙にバタバタという音が響いてきたのは。
そして落ち着きの無い声が、俺の耳に届いた。

「あー。ミゲル、どいて!」
「あぁ?」

くるりと後ろを向いた瞬間、オレンジ色の物体が俺に向って突進してきていた。
それがラスティであった事を認識した時、俺の視界は90度変わっていた。
とっさに受身をとったものの、頭をぶつけてしまったらしく、鈍い痛みが響いた。

「いたっ…。ラスティ、お前な…」
「悪い、ミゲル」

俺の上に重なった状態のラスティが、謝罪の言葉を口にした。
今俺の状態を説明すると、ラスティに押し倒された形だ。
一応、男でコーディネーターな俺としては、結構屈辱な気もする。
よりによって、後輩にタックルされて倒れるなんてな。
まぁ、今回のはかなり不意打ちだったから仕方ないか。

「わかったから、とっととどけ」

少し乱暴にそう訴えれば、ラスティは俺の顔脇に手をつき、体を起こした。
その瞬間、ラスティの青い瞳と目が合った。
実際に海を見た事があるわけではないから確かではないが、ラスティの瞳は真っ暗な宇宙空間にぽかんと存在する、地球のように鮮やかな色をしていた。
ラスティと知り合ってから大分経つが、ラスティの瞳の色が綺麗だと思ったのは初めてだった。

「おーい、ミゲル。大丈夫?意識飛んでない?」

俺の目の前で手を左右に振るラスティに、俺ははっとして目をそらした。
そんな長い時間では無いが、今の間、俺はラスティの瞳に見とれていたようだ。
ラスティの胸を少し押して俺の上からどかすと(俺がラスティの瞳に見とれていた所為で、ラスティも退くのを忘れていたようだ)、俺は制服についた埃を払って立ち上がった。
そして冷静さを取り戻すと、いつもと同じトーンで口を開いた。

「このバカ!あれほど建物の中で走るなって注意しただろう!お前はイノシシみたいに走り出したら止まれないんだから、もっと周囲に注意しろ!」

軽く頭を叩くと、ラスティはどっか不満そうに頬を膨らませた。
不覚にも、ちょっと可愛いとは思ってしまった。

……。
うん?
今、俺は何を思った?
ラスティが可愛い?
はぁ?

自分のありえない思考に困惑していると、ラスティは"ミゲルの年寄りー"とか言って、そそくさとどこかへ行ってしまった。
何か一言返すべきだったと思うが、今の俺にはそんな余裕はなかった。

「まさかな…」

一人ぼそっと呟いた言葉に、俺は乾いた笑いしかだせなかった。



改めて思う。
恋というのは気持ちでするもんじゃないと。
言うなれば直感だ。
理性なんかどこかに吹っ飛んで、気付いた時には引き返せなくなっている。

その論理を曲げるつもりは無い。
だが、よりにもよって同僚で同性のラスティが相手の場合どうなのだろうか。
恋に障害はつき物というが、はたしてこれは障害というのか?
ったく、俺はどうしたらいいんですかね。



END





モドル