守る存在 |
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僕の中には、いつも1つの矛盾があります。 僕にはとても大切な人がいるんです。 とても可愛くて、どこか不器用で、たまにそっけない態度を取るけど、それでも僕を愛してくれる恋人です。 恋人といっても、相手は生物学上男で、僕も男です。 世で言う、同性愛というやつですね。 自分で言うのもなんですが、僕はそれなりの地位を持っています。 そして彼は僕の部下で、世間的には所有物となっています。 これは僕の趣味とかそう言うのではなく、彼がMSの生体CPUとして属している為です。 それでも僕は彼を愛してますし、僕の勘違いでなければいいのですが、きっと彼も僕の事を愛してくれています。 本人の気持ちが通じているのであれば、幸せというのは簡単に掴めるものなんですよ。例え、どんな関係であろうとね。 ただし僕達の場合、その関係と言うのが厄介なのですが…。 子供が持つにしては少しいかつい鉄の塊に左手をかけ、クロトが僕の前に出る。 いつもより冷静な目で周囲を見渡し、危険がない事を確認してから僕に道を譲り、再び周囲を気にしながらクロトも僕に続いた。 僕が仕事で外に出る時、実験に支障がない場合はいつもクロトに護衛の任をしてもらっている。 それは彼の性格や成績を考慮してのものだった。 与えられた仕事を忠実にこなし、やや無愛想ながらも、その場に適した対応をとる事が出来る柔軟性。 それは同じく生体CPUであるオルガやシャニにはないものだった。 しかし本音を言うと、僕としてはあまりクロトに護衛はしてもらいたくないんです。 大切な恋人ですからね。 僕を庇って、傷ついてほしくないんです。 しかしそこの事を口に出して言おうものなら 「アズラエルさんは、僕の腕を信じてないんですね」 と言うでしょう。 実際、似たような言葉を言われた事があるので確実です。 勿論、勝手な言い草だと事ぐらい百も承知です。 クロトを含む生体CPUは、コーディネーターに対抗するために生み出したんですからね。 でも仕方ないじゃありませんか。 僕はクロトを愛してしまったんです。 しかもそれが一方通行の思いではないんですから。 「アズラエルさん、どうかしましたか?」 考え事をしていたのがクロトにも伝わったのか、やや心配そうな声で聞かれた。 「いえ、なんでもありませんよ」 「そうですか。なら、いいですけど」 どこか納得していなさそうなクロトに、僕は出来るだけ自然な笑みを作った。 「ありがとう御座います。心配してくれて」 そう言えば、クロトの仕事用の顔はあっさりと崩れ、いつもの可愛らしい恋人の顔に戻る。 クロトに言わせれば"反則"らしいのですが、僕としては仕事で一緒にいるよりも、恋人として一緒にいたいのですから、反則でもなんでもないんですけどね。 今日の仕事は、地球連合軍のお偉いさん達との会食だった。 会場には正装のスーツを着る者や、軍の服を着る者などさまざまで、やや制服を改造してあるクロトも、その場ではほんの少しだけ紛れ易い。 それでも若いクロトは他者の目を引き、愛想笑いをする影でストレスが溜まっていく事は簡単に想像出来た。 もともと、クロトは人が多い場所が苦手だった。 人の色々な感情が渦巻いている気がするかららしい。 確かに、この会場にも色々な思いが渦巻いている。 どうしたら他者を出し抜けるかとか、ご機嫌取りをしつつ、実際は別の事を思っていたり、表面は綺麗に見えて、裏ではどす黒いものが渦巻いている。 だからこそ世界は綺麗に見えるんですけどね。 軍のお偉いさんと話をする途中、脇に居るクロトに視線を移すと、もうそろそろ限界の域に達していた。 「話の途中で申し訳ありませんが、ちょっと今日は悪酔いをしてしまったようですので、お先に上がらせていただきますね」 ある程度の話を済ませた所でそう言うと、相手は快く了承し、僕とクロトは会場をあとにした。 自宅へと向かう車の中、僕の脇に座っているクロトがやや眠そうにあくびをした。 「疲れたみたいですね。大丈夫ですか?」 運転手側とはガラスで仕切られ、上司と部下ではなく、恋人同士としていられる所為か、クロトはどこか幼い顔でこくりと頷いた。 「アズラエルさんこそ、疲れてるんじゃないの?悪酔いしたって言ってたし」 「あぁ、あれですか。あれは嘘ですよ。今日は少し疲れていましたら」 「珍しいですね。いつもなら、どんなに疲れていても最後まで居るのに」 確かにクロトの言うとおりです。 あのような場は、情報を得るのに適していて、例えどんなに疲れていようと、僕は最後まで残っていた。 だけど今日は、疲れているクロトをいつまでもあそこに縛っておきたくなかった。 多分、事実を言ったらクロトは怒るでしょう。 でも、僕がそうしたかったのですから、仕方ないですよね。 「まぁ、たまには良いじゃないですか」 「そりゃ、そうだけどさ」 ぼそっとつぶやくと、クロトは自分の頭を僕の肩に預けてきた。 どうやら、本格的に眠くなったようですね。 僕はそんなクロトの髪に軽く触れた。 「着いたら起こしますから、寝てもいいですよ」 「じゃあ、お願いします」 もう一度だけあくびをし、クロトはそう言って瞳を閉じた。 しばらくして、規則正しい寝息が聞こえ出し、クロトが眠ったことを確認した。 「まだまだ子供ですね」 特殊な環境にいるからか、クロトを実際の年齢よりも上に感じていたが、実際はまだ子供で、こうして眠りについているとそれがよくわかる。 「子供の君に守ってもらうなんて、僕はなんてダメな大人なんでしょうね」 本当であれば、僕が守るべきなのに、実際は僕が守られている。 僕のためなら、自分の体を犠牲にしてでも守るでしょう。 それは彼に施された条件付けか、それとも彼の意思か。 今の状態ではそれを判断することすら難しい。 それでもこの気持ちに偽りは無いと信じたいというのは、僕のエゴでしょうか。 「君が僕を守るように、僕も君を守ることが出来ますかね」 明確に"何から"と言えないが、せめて彼が目覚めた時、彼の居場所を確保する事ぐらいはしてあげたいと思う。 これが今の僕に出来る精一杯ですが、今はゆっくりと休んでくださいね。 静かに眠るクロトの額に口付けをし、僕は窓の外に視線を移した。 |
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