囁く言葉 |
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悔しいけど、この世の中には埋められない差というものがある。 例えば年。 どうあがいても、1年間でいくつも年をとる事は100%無理だ。 相手の年を追い抜く事が可能なのは、故人に対してだろう。 それから身長。 成長期だからなんて言葉は、今の僕には当てはまらない。 薬の影響か、それとも遺伝子の所為か分からないけど、数年前から僕の身長は全く伸びていない。 あとどうでもいいけど、逆に体重はやや右方下がりぎみで、よくオルガに説教をされる。大きなお世話だよね。 そして心の余裕。 僕の好きな人は、僕と違って大人で、僕には無い大人の余裕がある。 仕事で長い事会えなくても、あの人が仕事を放り出してまで僕に会いに来てくれることなどない。だから時々、僕1人だけが本気になっているだけで、本人はそんな気はないのではないかと思ってしまう。 確かに僕は子供だ。見た目も、年齢も、中身も。 それは否定しようが無い事実だ。 だけどこれだけははっきりと言える。 あの人へのこの気持ちは、決して遊びなんかでは無いと。 座り心地の良いソファーに腰を下ろして、早3時間。 邪魔をしないように音を消してやっていたゲームにも飽き、手近にあったクッションに手を伸ばす。 抱き心地のよいそれを抱えつつ、横になると、声を掛けられた。 「眠いんですか?クロト」 そう問いかけてきたのはこの部屋の主で、僕の持ち主兼恋人。 いつも忙しいこの人を、僕は健気に文句も言わず、大人しく待っている。 ここで騒いで、ガキだと思われるのは心外だからね。 「違いますー。暇なんです」 それでもほんの少しだけ寂しい事をアピールしてみる。 すると、今までずっと動いていた手を止め、時計に視線を移した。 「ちょうど休憩を入れよと思っていたんですが、飲み物は何がいいですか?」 本来であれば、僕がコーヒーなり紅茶なり入れてくるべきなのだろう。 だがその事をいうと、アズラエルさんは"ずっと座っているよりも、少し動いた方が気分転換になるんですよ"と言って、譲らない。 だから僕は素直にそれに従い、飲みたい飲み物をリクエストした。 「…カフェオレ」 「わかりました。では、少し待っていて下さいね」 いつもであればミルクティーという場面で、あえてカフェオレと言ったのは、あまりにも暇で少しだけ眠気があったからだ。 眠いのか問われ、違うと言ったのに自分でも矛盾していると思う。 きっとそれにアズラエルさんも気付いていて、あえて気付かないふりをしてくれたのだろう。 それを優しさというのかもしれないけど、僕はもっと別に優しくされたいと思う。 しばらくして、白いマグカップを手にアズラエルさんが戻ってきた。 てっきりアズラエルさんはブラックだと思っていたのに、僕に片方渡す際に見えたカップの中身は、どちらも同じ色だった。 「アズラエルさんがカフェオレなんて珍しいね」 「疲れていると、甘いものがほしくなるんですよ」 苦笑して答えるアズラエルさんに、僕はなんとなく居心地が悪くなった。 「疲れてるんだ。なら、僕はどこか行きましょうか?」 多分、物凄く不機嫌そうな顔で言ったかもしれない。 でも僕の事を気遣って"出てけ"と言わないこの人に優しくされるのって、なんとなく嫌だと思う。 そんな僕に対し、アズラエルさんは"おやおや"と言って僕の脇に腰を下ろした。 「僕がいつ、君を邪魔だと言いましたか?」 「別に言ってないけど、忙しいんでしょ。疲れてるんでしょ。なら、ガキの相手なんかしない方がいいんじゃないですか?」 構ってもらえない寂しさと、自分の存在意義の葛藤とでも言うのだろうか。 その2つを天秤にかけた結果、それは自然と出てきた言葉だった。 でも僕がそう言えば、アズラエルさんは困ったように笑った。 「確かに忙しいですし、疲れてますよ。でもね、君がいるからこそ頑張れるという事もあるんですよ」 "疲れた時は甘いものが欲しくなると言いいましたよね?" 耳元に顔をよせ、少し低い声でささやかれた。 そしてちょんと頬にキスをされた。 アズラエルさん曰く、僕は甘いお菓子の代わりだというところだろうか。 「だから君はここにいていいんですよ」 僕だけに向けられた言葉に、胸の辺りが温かくなるのを感じた。 でもそれと同時に、どこかもどかしい気持ちも生まれた。 「なんかアズラエルさんて、いつも余裕だよね」 「そうですか?」 僕の言葉が意外だったように、アズラエルさんは僕の事をじっと見返した。 「そんな事はないと思うんですけどね」 「嘘つき」 アズラエルさんから視線を外してぼそっと呟くと、アズラエルさんが小さくため息をつくのがわかった。 「どうやら君は、僕を買いかぶり過ぎているみたいですね」 「そう?そんな事はないと思うけど」 一応、世の中を冷静に、客観的に見る事は出来ていると思う。 だからたまに、オルガやシャニにさめていると言われる。 でも仕方ないじゃん。 世の中には、僕の手ではどうする事も出来ない事が多いんだからさ。 これもその1つだと思う。 ガキみたいに騒ぐのは嫌だし、でも余裕がない自分も嫌だ。 「クロト」 「何ですか?」 「愛してます。他の誰よりも」 耳元で静かに囁かれた言葉。 今までにも、何度かこう言われた事がある。 別にこの人を信じていないわけではない。 ただこの世は不確かなものが多すぎて、何を信じて生きていけば良いのかわからなくなる。 多分、ただの消耗品としてなら、MSの部品としてなら、この人の言葉一つで動けていただろう。 だけど今の僕はそうはいかない。 僕の世界を構成しているのはこの人で、あまりにも近づき過ぎたのだと思う。 僕は降参という変わりに、隣に座るアズラエルさんの肩に頭を預けた。 「いつもズルイよね」 僕がその一言で何も言えなくなるのをわかっていて言う。 「こうでもしないと、クロトは相手してくれませんからね」 苦笑しつつ言うアズラエルさんに、思いのほかアズラエルさんも余裕がないのかもと思ってしまった。 そう思ってしまえば自分勝手なもので、いつもより素直に言葉が言える気がした。 いつもは絶対言わない言葉が。 「僕も愛しています」 普段言えない思いを告げると、僕は恥ずかしさから瞳を閉じて眠る体勢になった。 瞳を閉じていても、ふっとアズラエルさんが笑ったのがわかった。 「おやすみなさい、クロト」 優しい言葉と温かい体温が、僕にここに居て良いのだと言っているようで、どこか心地よかった。 |
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