きらきらとこぼれる日の光を避けるように、フレイは自分にかかったシーツを頭から被った。朝が弱いフレイとしてはいつもの行動だが、彼女の同居人であるキラは苦笑しつつその光景を見ていた。

「フレイ、朝だよ」

ベッドの端に腰を下ろし、キラは話しかけた。
その言葉にフレイはシーツの合間から少しだけ顔を出し、眩しそうに目を細めてキラに視線を合わせた。

「もう少し寝かせてよ」

いつもの凛とした声でなく、寝起きのフレイの声はどこか幼い印象を受ける。
フレイが発した言葉も、小さな子供が起きるのをぐずっているようなものだった。
しかしそれもキラにとっては予想の範囲内で、母親が子供に声を掛ける時のように、優しく静かな声で話しかけた。

「ダメだよ。今日はディアッカさんとイザークさんが来る日でしょ」
「でも…」

尚も渋るフレイに、キラは笑って赤い髪の隙間から覗く額にキスを1つ落とした。

「朝食も出来てるから、あと5分だけだよ」

そう言って部屋を出て行くキラに手を振り、フレイはゆっくりと瞳を閉じた。
暖かな日差し、風に乗って香るのは海の塩の香り。
全て人工的に作られたプラントとは違う、自然の産物。
その1つ1つが嬉くて、気持ちを入れ替えたように、フレイはばっとベッドから起き上がった。
クローゼットから赤いチャイナワンピースを取り出し、髪の毛を整えるなど簡単な仕度をする。
洗面所で顔を洗い、その足でキッチンに向うと、キラがトーストにジャムを塗っているところだった。

「思った以上に、早かったね」
「だってお腹が空いたんだもの」

キラの目の前の席に座ると、フレイはキラがジャムを塗ったパンを受け取った。
近くの森で取れたこけ桃のジャムだ。
コロニーで暮らしていた頃には決して味わう事の無かった、自然の味があり、ここ最近フレイが一番気に入っているジャムだ。
パンにかぶりつくと、サクっという小気味の良い音がした。

「美味しい。やっぱり食事当番はキラよね」

至極幸せそうな顔で言うフレイに、キラは納得いかないように呟いた。

「そうかな。僕はフレイの方がいいと思うけどな」
「そんな事ないわよ。だってキラの料理、美味しいんだもの」

フォークで白いお皿の中にあるスクランブルエッグをすくい、口へと運ぶ。
バターの風味が口いっぱいに広がるのを楽しむように、フレイは再びスクランブルエッグにフォークを伸ばす。

「そんな事ないよ。これくらい普通だって」

そう言われてフレイは、はテーブルの上に並んでいる朝食を見渡した。
トーストにスクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコン。赤・黄色・緑と彩りよく盛られたサラダ。そして野菜のコンソメスープ。飲み物はオレンジジュースで、食後用に脇ではコーヒーメーカーが音を立てている。
それはフレイが考える理想的な朝食の風景であり、こうして毎日そう過ごす事の出きる自分のみの上が、やはり幸せだと結論付けた。

「わかってないわね、キラは」
「何が?」
「あなたが作ってくれるから美味しいのよ」

大好きなあなた作ってくれたからね。
そう言ってにっこりと微笑めば、目の前の少年は強く言い返す事は出来なくなる。
勿論、それを知っていての行為だが、キラはちょっとだけ不満そうに口を開く

「ならフレイも僕の為に作ってくれてもいいじゃないか。僕だって、フレイの手料理が食べたいんだからさ」

ちょっと頬を染めて言うキラに、可愛い事を言ってくれるものだと思いつつも、これだけは譲る気はさらさらなく、

「それとこれは別よ」

と切り替えした。
その一言にため息を1つ吐き、キラは食事を続けた。



食べ終えたお皿をキッチンに片し、キラから食後のコーヒーを受け取ると、フレイは思い出したように口を開いた。

「そう言えば、イザーク達はいつ頃こっちに来るの?」
「11時着のシャトルに乗るって、メールが届いてたよ」
「そう、わかった。なら、それまではゆっくりしてられるわね」

シュガーポットから取り出した角砂糖を1つ、褐色のコーヒーに沈め、ミルクを少しだけ注いで銀色のスプーンでくるくるとかき混ぜる。
フレイはこの穏やかな時間を最も好み、それをキラは見守るように見つめた。

「あのね、キラ」

ソーサーの上にコーヒーカップを戻し、フレイはじっとキラを見つめた。
アメジストより少し濃い紫の瞳に、自分が映っている事を確認すると、フレイはそのまま言葉を続けた。

「私、今すごく幸せなの。あなたがいてくれる事が、とても嬉しいの」

キラがM.I.Aと聞いた時、胸が切り裂かれる思いをした。
あんなに傷つけたのに、やっと自分の気持ちに素直になろうと決めたのに、きちんと謝ってやり直そうと思ったのに。
だからこそ、宇宙に一人投げ出された時、キラが生きていると知って心の底から喜びがわきあがってきた。

あの時、自分でも信じられない事をしたと思う。
銃を持ったアズラエルに、フレイは抵抗した。
もう誰も失いたくなかった。
自分のような子を作りたくなかった。
その思いが、フレイを動かしたのだ。
フレイの気迫に押されたのか、気転を利かせたクルー達が協力してくれたお陰で、アズラエルを拘束する事が出来た。
結果、フレイ達はアークエンジェルを撃たずに済んだのだ。

停戦後、フレイは何度かプラントに足を運ぶ事になった。
フレイが地球軍に渡したZGMF-X10AフリーダムガンダムとZGMF-X09Aジャスティスガンダムのデータが入った、ディスクについての審議の為だ。
中身の内容を知らなかったとは言え、それを悪用されたのは否定できない事実だ。
フレイもそれは理解しているし、自分に課せられた罪だとも思っている。
最近ではプラントに行く事も殆どなくなったが、その代わり、定期的に最高評議員会から命じれたディアッカとイザークが、現状の報告とフレイの生活調査の為に地球に降りて来る。
フレイがZAFTにいた間、最も近くにいたイザークと、キラと共に第三勢力として戦ったディアッカに、この任務が任せられたのは当然の成り行きだったのかもしれない。
そして今日がその日だった。

先日、ユニウス条約が締結された。
その裏には、キラ達を含む"第三勢力"と平和を望むナチュラルとコーディネーターの努力が隠れている。
勿論、まだ停戦を結んだだけである地球とプラント間だが、終戦を結ぶ日もそう遠くないと、多くのメディアでは言われいる。
世界は今、平和の道へを進んでいるのだ。

フレイの言葉にキラは優しく微笑み返すと、フレイが優しい声でキラの名を呼ぶ。

「ねぇ、キラ」
「何?フレイ」
「私が欲しいものって何かわかる?」

どこか悪戯っぽい笑みを浮かべ聞くフレイに、キラは首を傾げる。
フレイはキラの後ろに回り、手を回して耳元で囁いた。

「平和な世界と、あなたとの生活よ」

欲しいというのには、やや難しいもの。
それでもそれを望む事は自由。
そして願う事も自由。
この世界はそういう物だとフレイは思っている。

キラはフレイの言葉に頷き、自分に回された自分より小さな手に、自分の手を重ねて握り締めた。

「今度こそ、君との生活は守るから」

キラの言葉に、フレイはキラを抱きしめている手に力を込めた。

「ありがとう、キラ」

飾らないシンプルな言葉はフレイの心を映し、何よりも確かな形となった。
フレイの願いはただ1つ。
この幸せが1分でも1秒でも長く続く事。
きっとそれは一方的に求めるのではなく、相手もその気持ちに応えてくれるからこそ可能な事なのだろう。
自分の気持ちに素直になった時、彼女の世界は変わったのだ。



END





モドル