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西の空を鮮やかな茜色が染める夕暮れ時、キラは海岸を歩いていた。 自分の残した足跡は、絶え間なく押し寄せる波にさらわれ、消えてしまう。 それは自分の存在を消されたようで、少しさびしく感じた。 「おーい、キラー」 自分の名を呼ぶ声に振り返ると、カガリがこっちに向かってくるのが目に入った。 走って来る為に、金糸ようなの髪がぴょこぴょこと跳ねている。 それは無邪気に駆け回る少女のようで、キラはその姿を見ていると、彼女が自分と同い年だと言う事を忘れそうになる時があった。 やっとカガリがキラの前まで来たときには、カガリは少し苦しそうに呼吸をしていた。 まるで、何か緊急の用事があったようだ。 「カガリ、そんなに急いでどうしたの?何かあった?」 「いや、別にこれと言って用があったわけじゃないんだ。ただ、お前の姿が見えたから」 特に用があるわけでもないのに、そこまで一生懸命に走ってきたカガリに、キラは口元を緩めて笑った。 そんなキラの態度に、カガリは少し不満そうな顔で、キラに言う。 「何かおかしい事を言ったか?私は」 「そんな事はないよ。ただ、カガリらしいと思ってね」 「当たり前だろう。私は私なんだからな」 なんの迷いもなく、カガリは呟いた。 そう、カガリは自分の信念を持ち、それを貫き通す子だ。 その事は、キラも十分知っていた。 「カガリ。今、時間ある?」 「あぁ。どうかしたか?」 「いや。よかったら、少し話さない?」 "最近、忙しかったから"と言うキラに、カガリは了承を示すように頷いた。 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦後、キラ達率いる"第三勢力"は己の信念を貫き通す道を選んだ。 ディアッカは、プラントで臨時の最高評議会委員をしているイザークの力になる為にプラントに戻ったが、キラにアスラン、そしてラクスはここオーブを本拠地として、プラントと地球連合との仲立ちをしている。 勿論、全ての者が彼らの意見に耳を傾けてくれる訳ではない。 戦いを知らぬ子供が何を言うか。所詮、それらは全て奇麗事ではないか。 それらは何度と無く浴びせられた言葉であった。 それでも尚、キラ達は呼びかけた。 皆の願いは、ナチュラルもコーディネーターも共に、平和な世界で生きる事、ただそれだけなのではないかと。 誰も戦いたくて銃を取った訳ではない。大切な者を守るために銃を取ったのだ。 それが結果として良かったのかは誰もわからない。 だが、過去を悔やむ事よりも、これからの未来を切り開いていく事の大切さは、誰もがわかっている事であった。 来月の3月10日。プラントと地球連合間で、条約が締結される事になった。 これをきっかけに、両者の関係が良くなる事をキラ達は祈ると共に、自分達に出来る事をしようと再び決意を決めたのであった。 それは勿論カガリにも言える。 カガリの父であったウズミ・ナラ・アスハが亡き後、オーブの国家元首としてカガリは再びオーブの地を踏んだ。 カガリもまた、これからも中立としての立場を貫き通すと言う、困難な道を選んだのだ。 少し話そうと言ったにも関わらず、キラとカガリは互いに何も言わず、しばらくの間静かに海に沈んで行く太陽を眺めていた。 キラは自分の脇に座るカガリに視線を移し、まばゆい金糸の髪に手を伸ばした。 少し癖のある髪の毛は、自分の髪より少し硬い感じを受ける。 そう思いつつ、キラはカガリの髪を梳くように触れた。 「どうした?」 「いや、なんとなく」 そう言って、キラの手が髪の毛から離れた。 キラの手が離れた所で、カガリは不満を言うように口を開いた。 「キラはいいよな。さらさらの髪で。私なんか、雨の時期になるとボサボサになって、癖が直らなくて大変なんだぞ」 そう言うと、カガリは自分の髪をいじった。 写真でしか見た事の無い父と母。 それでも、キラのアメジストの瞳とマロンブラウンの髪は母親ヴィア・ヒビキ譲り、カガリのマンダリンカラーの瞳と金糸のような髪は父親ユーレン・ヒビキ譲りだという事を、キラとカガリは知っている。 そしてキラは、よくお互いに父譲りと母譲りになったものだと思う。 コーディネーターとして生まれた自分だけでなく、ナチュラルのカガリでさえそうなのだから、この容姿はもともとの遺伝子に含まれていたものだったのだろう。 そう言えば、何かの本で男は母に、女は父に似ると良いと読んだ事があったと思っていると、カガリが口を開いた。 「女は父親に、男は母親に似るといいらしいな」 自分と全く同じ事を思っていたカガリに、キラは少し驚いた。 双子というのは、どこかで繋がっている部分があるらしいと言うのは聞いた事があったが、自分たちにもそれは言えるようだ。 「それ、誰に聞いたの?」 「マーナからだ。顔は父親に似ても、姫なのだから性格はもう少し大人しくしろと、何度も言われてな」 実際、カガリを育ててくれたウズミ・ナラ・アスハとは、血の繋がりはない。 それでもカガリにとって父親と呼べるものは彼しかおらず、今でもカガリはウズミを実の父のように思っている。 「カガリって、そんな昔っから活発的な性格だったの?」 「別にいいだろう。私がどんな性格だろうと」 そう言って口を尖らせるカガリに、キラは笑みをこぼした。 しかしその笑みは儚げで、次第に暗い影をその顔に落とした。 「ねぇ、カガリ。どうして僕は生まれてしまったのかな?」 ユーレン・ヒビキの手によって、最高のコーディネーターとして誕生したキラ。 それは人間の愚かな欲だと、今は亡きクルーゼは言った。 クルーゼも作られし存在だった。 ある男のクローンとして、この世に誕生したラウ・ル・クルーゼ。 だからこそ、彼は自分にこの世を裁く権利があると言った。 なら、自分にはどんな権利があると言うのだろうか。 最高のコーディネーターだと言えど、自分の力の無さに何度挫けた事か。 守れなかった数多の命。自分が奪った数多の命。 それは決して、同じ天秤に掛けられるものではない。 だが、それを割り切れるほど大人でもない。 いや、例え大人であっても割り切ってはいけない事なのかもしれない。 ただ、16歳の少年が背負うには重い事実である事は明白だった。 それはカガリも分かっているつもりだった。 しかし、このキラの発言にカガリは憤慨した。 「お前、本気でそんな事を言っているのか!?」 まさか、カガリにその様に言われると思っていなかったのか、キラは目を丸くしている。 だが、カガリはそんなキラの肩を掴んで、キラの瞳をじっと見つめた。 「キラはキラで、私は私だ。他に変わりなんていないんだぞ!私達が双子でも、一緒じゃないんだ」 叫ぶように怒りながら言うカガリだが、その瞳にはうっすらと涙がにじんでいる。 「そんな悲しい事言うなよ。私は、お前がいてくれて嬉しいんだぞ」 先の戦いで、カガリは父親であるウズミ・ナラ・アスハを失った。 いくら、自ら選んだ道だとは言え、それを理解出来る事はなかった。 もっと、別の道があってもよかったはずなのだ。 実の両親を遥か昔に失い、父親だと思っていた、いや今でも思っている男を失ったカガリにとって、血を分けた兄弟がいた事は、何よりもの救いだった。 「私がナチュラルとして生まれた事も、キラがコーディネーターとして生まれた事も、きっと何か理由があるんだ。だから、一人で抱え込むなよ」 真っ直ぐにキラを見つめるカガリ。 その目の色は、今沈んでいる太陽の色に似ていて、とても温かく、力強く感じる。 「うん、そうだね。ありがとう、カガリ」 そう言って、キラは笑った。 それは先ほどのような悲しみを含んだものではなく、心からの笑顔であった。 カガリはそれを見て安心したように笑ったが、急に泣いていた事を恥ずかしく思ったのか、ごしごしと目元をぬぐった。 「別に、私は礼を言われるような事はしていない」 「うん、わかってる」 そう言うと、キラはカガリの事をぎゅっと抱きしめた。 不思議な事に、触れ合った場所からカガリの体温がキラに、キラの体温がカガリへと移っていくように感じる。 元々、別々の存在であるはずの2人。 それでもどこか繋がっていて、自分達はお互いに必要な存在なのだと思う。 依存とも違う、特別な繋がり。 それが双子である証だと言う事に気付いたのは、つい最近の事だ。 一人では乗り越えられない事でも、2人なら乗り越えられる。 そう信じる事は自分の弱さではない。 むしろ、それは強さだと信じたいと、キラは思う。 「キラ?」 自分を抱きしめたまま、ずっと何も言わないキラにカガリが不安そうに声を発した。 その声で、キラはカガリを抱きしめていた手を緩め、立ち上がるとカガリに手を差し出した。 「戻ろうか、カガリ。アスランやラクスが待ってるだろうから」 そう言うキラの瞳には、先ほどのような悲しみの色は無く、いつもの優しい輝きを発していた。それを確認したカガリ安堵したように笑った。 「あぁ、そうだな」 差し出された手を握り返し、しっかりとした声でカガリは答えた。 対-それは2つで1組だと言う事。 決して、その1つ1つが未完全な物という訳ではない。 むしろ、2つが揃う事で、今まで以上の輝きを放つ事が出来ると言う事なのだ。 きっと、それこそが2人の父であるユーレン・ヒビキの願いであると、願う事は決して自分勝手な考えではないだろう。 |
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