待ち人来たり
街がイルミネーションに彩られる師走も下旬。
地獄の年末準備を目前に、現世視察1週間の予定が入ってしまい、薬の副作用と闘いながら降り立った駅の改札前に、それはいた。
いつものアホずらで、到底冬には似つかわしくない薄着で、ずずっと鼻をすする桃源郷の住人。
そう言えば、嫌でも顔が浮かぶ神獣白豚さん。

「あっ、お前、心の中でまた豚って言っただろ」

千里眼や読心術など持ち合わせていないはずなのに、あっさり心の声を拾うバカに、隠す必要もなく舌打ちをして答える。

「なんで、あなたがこっちにいるんですか」
「いや、クリスマスだから、一人で寂しがってる女の子がいるかな~って思ったんだけど、中々いないものだね。ナンパしてみたら、彼氏と遭遇して、殴られちゃった。あははっ」

ほんのり頬が赤いのはそういった理由らしい。
予想を裏切らない回答に、ため息がこぼれる。
いや、こいつ相手にため息をつかないことなどないだろう。

「なんで、そんな薄着でいるんですか。貴方、バカですか。いや、そうですよね。バカでしたね、貴方」

まくしたてるように会話を自己完結させ、首に巻いていたマフラーに手を伸ばす。
ここでコートを差し出せればスマートなのだが、それでは自分が寒い思いをする。
なにも自業自得のバカの為に、私が我慢を強いられる必要はない。
そうはいいつつも、このバカを慕っているのは私自身で、惚れた弱みと言うべきか、この寒さ厳しい12月の現世で薄着で居る姿は憐れすぎる。
ふわりとマフラーを首に巻いてやり、そのまま駅に隣接したコンビニに入る。
背中越しに、慌てる声がしたので、その場で待つようにと命令すると、おとなしく立ち上がろうとしていた腰を落ち着けた。

コンビニの中は暖房が効いていて、入るだけで天国のようだった。
温かいドリンクが陳列されるケース前まで進み、目当てのペットボトルに手を伸ばす。
あのバカにはと、少し商品を見比べたが、ふとレジの奥にかかったドリンクのメニューを見つけ、そのままレジに並ぶ。
手にしていたペットボトルとオーダー式の飲み物、そしてレジ脇にある中華まんのケースを指さしオーダーをする。
片手にビニール袋をぶら下げ、逆手に持った紙コップに注意しながら店を出る。
命令した通り、大人しく座って待っていた白澤さんは両手をすり合わせて、温めようとしている。

「どうぞ」

白澤さんの目の前に紙コップを差し出して、声をかける。

「熱いと思うので、気を付けてくださいね」

そう付け足せば、目をぱちくりさせて、状況を呑み込めていないアホに、早く受け取るように促すと、小さな声でお礼の言葉が返ってきた。
両手で包み込むようにカップを持ったのを確認し、宿にしているビジネスホテルに向かって歩き出す。
後ろから少し遅れて歩いてくるのを確認し、ビニール袋から中華まんの入った袋を取り出す。
残業で夕飯を食べ損ねた分、お腹が空いている。
全種類購入した為、適当に取り出す。

「エビチリまんもありますが、食べますか」

肩越しに後ろを振り向くと、恐る恐る飲み物に口につけていた。
その姿は動物的というか、爺のくせしてガキっぽくもある。
決して口には出さないが、可愛いと思ってしまう程度にはほだされている自覚はある。

「あぁ、うん。食べる」
「どうぞ」

袋から「エビチリ」と焼印のされた中華まんを取り出して渡す。

「ココア甘すぎ。っうか、エビチリとの組合せ変じゃない」
「私、ビーフカレーまんに、コーヒー牛乳ですけど、なにか」

そう言って、黄色と茶色のラベルのペットボトルを揺らす。
コーヒーというよりも、ミルクと練乳で甘さをプラスしているコーヒー飲料である。
それを見るや、それは甘すぎるだろと、心底嫌な顔をされた。

「なんで、普通のカフェオレにしなかったんだよ」

確かに白澤さんに買ったみたいに、お店でオーダーするタイプのカフェオレもあった。

「あれ、苦いじゃないですか」
「その面で、苦いのが嫌いとか、似合わないし」
「そうですかね」

首を傾げつつ、3個目の中華まんに手を伸ばす。

「っうか、何個買ったんだよ」
「6つですけど」
「聞いただけで、胃がむかむかしそうだな、おい」

普段から小食だと思っていたが、まさか人が食べる中華まんの数でも胸焼けを起こすなど、器用なものだとしか言いようがない。

「で、本当はなんで来たんですか」
「だって、クリスマスだろ。一人は寂しいもん」
「もんとかいうな、爺の癖に」
口では文句しか出てこないが、心の中は少しだけ弾む。
だからこそ、普段はあまりしない行動をしようと思ったのだと思う。
エビチリまんを食べ終え、手がすいた右手を掴むと、コートのポケットへ引きずり込む。
握った手は、随分と冷たくなっており、どれだけ寒空の下にいたのか心配になった。

「なんだよ、いきなり」
「氷みたいですね、貴方の手」
「お前が遅いからだろ」

遅いも何も約束などしていなかったのだから、仕方がないだろうと言いたい気持ちはある。
だが、わざわざ現世視察まで自分を追ってきたことに、気をよくしているのも事実で、隣を歩く白澤さんの顔に己の顔を寄せる。

「体の隅々まで温めてあげますから、覚悟しなさい」

そう耳元で告げると、白澤さんは恥ずかしそうに下を向いて歩き始めた。
クリスマスのイルミネーションが輝いているのに、少しだけもったいないことをしたかなと思ったが、これから先、いくらでも機会はあると開き直り、掴んだ手に力をこめる。
そっと握り返された手に、幸せを感じたのは言うまでもなかった。



END





モドル