貴方に悪戯を |
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日本人と言う人種は、季節毎の行事を重んじる傾向がある。 周囲を海に囲われ、他国の影響を受けにくい影響か、昔から続く習慣が数多く残っている。四季と呼ばれるように、季節が明確に分かれているのも理由の一つかもしれない。 だが一方で、柔軟な姿勢も、日本人のある種の美徳と言えるだろう。もともと、日本にはなかったクリスマスやバレンタインと言った、西洋文化が浸透し、ある種、独自のイベントとして認知されている。 一部は企業による売り上げアップを目的としたものもあるが、それに乗っかるのはやはり日本人の国民性が影響してと言える。 元来、日本人は祭りなどで騒ぐのが好きな民族なのだ。 近年、若い者や子供の英会話スクールで定着しつつある、10月31日のハロウィンもその一つだろう。 地獄の第一補佐官である鬼灯も、閻魔殿での業務を終え、衆合地獄の視察をしていたところ、以前よりもハロウィン色が強い事を感じていた。 茶屋によっては、この日だけは普段の着物ではなく、コスプレに特化した店もあると聞く。 色欲にまみれた中華天国の駄獣がホイホイ釣れそうな施策だと思っていると案の定、件の白澤が、脳みそハッピーな顔をして歩いていた。 どうハッピーかと言うと、いつもの白衣と白い中国服ではなく、白のYシャツに黒のベストとパンツ。 そして身体を包み込めるほどの黒いマントを身に着けている。 多分、吸血鬼のつもりなのだろう。 続いて聞こえてくるのは、やはりな脳みそハッピーで低俗なセリフだった。 「お菓子はいらないから、悪戯させて!もしくは遊んで!」 当然、子どものいう悪戯ではなく、R指定が入りそうな悪戯なわけで、尚更性質が悪い。 やはり害虫駆除が必要だろうと、金棒を握る手に力を込めて、渾身の力でフルスイングをする。 続いて聞こえてくるのは、年齢制限(勿論、RではなくPGである)がかかりそうな映画で聞こえてきそうな、皮膚がさけ血が噴き出そう様な音だった。 足元に血の池が出来るかなと内心わくわくして見ていると、頭からドクドクと血を流した白澤がむくっと起き上がる。 「げっ、お前かよ」 神獣(笑)なだけあって、あれだけのダメージを受けても、すぐ動けるあたりに関心する。 顔を流れる血を手でグッと拭い、顔を上げれば天敵の鬼灯がいることを確認し、白澤はあからさまに顔をしかめる。 「お菓子はいらないから、とっとの失せろ。僕はこれから女の子達と良い事するんだからな」 ハロウィンのテンプレを無視し、さっさと鬼灯を排除しようという白澤の意図に、当然反発するしかないと鬼灯は真顔で「嫌です」と否定する。 お互いに無駄に張り合うのが分かっていて、そういう台詞を吐くのだから、全く持って学習能力の欠片もない。 鬼灯は袂に手を入れ少し探る。そして袂から出てきた手には、カラフルなセロハンでキャンディ包みされた飴が出てきた。 「貴方に上げるのも勿体ない気がしますが、くれてやる。ありがたく、食せ」 「なんの天変地異の前触れだよ」 ほぼ無理やり白澤の手に収められた飴と鬼灯の顔を見比べ、鬼灯の予想外の行動に何か裏があるのではないかと、身構える。 「貴方の思い通りになるのが癪なのです」と添えられれば、目の前の鬼が自分の意見をそのまま受け取った事がない事に気付かされる。 「大丈夫ですよ。それ、お土産にもらったものですから」 「そっ。なら、いいか」 そう言って、両手で包みの端と端を摘み、左右に引っ張る。中にはビー玉位の大きさの飴が収まっている。 マーブル模様が可愛く、確かに鬼灯の趣味で持っているような飴ではない気がし、白澤はそのまま口の中の飴を運ぶ。 少し舐めると、フルーツミックスのような調和のとれた甘さが口いっぱいに広がる。 しばらく飴を堪能していると、鬼灯がふと思い出したように口を開いた。 「ちなみにリリスさんからのお土産で、魔女の谷で最近売り出されたイタズラ専用の飴だそうです」 「えっ、リリスちゃんから」 その一言で、口の中で転がして楽しんでいた飴の動きが止まる。 わざわざこのタイミングで告げられる言葉に、白澤は背中に冷たいものしか感じない。 「えぇ。なんでも 舐めると6時間以内に子豚になる飴だそうです。まさに白豚さんにぴったりですね」 「はっ?何してくれちゃってんの、お前」 文句を言い切りると飴を口から出そうとするが、白澤の口元を鬼灯は手で押さえ、それを阻止する。 「そういうわけなので、さっさと飲み込んじゃってください。ほら、一気ですよ」 ぶんぶんぶんと首を振ろうとするが、口元を手で覆われ、そんな動作すら出来ない。 目の前で涙目になる白澤に、鬼灯は脳内で、先日、リリスと交わした言葉を思い出す。 「ってことなんだけど、実は1袋に1個しか入ってないのよ。」 「それは嫌がらせと言えるんですか」 日本地獄の呵責からしたら、随分とぬるいとしか言いようがない。 そう思っていると、ふふふっと口元を緩め、リリスは楽しそうに笑い声を零す。 「嫌がらせじゃなくて、イタズラね。ポイントはね、ハズレの人たちにそれを伏せる事なのよ。タネを明かさなければ、全部だと思うでしょ。ハロウィンを狙って開発されたもので、中々人気なのよ」 タネさえ明かさなければ、その6時間以内と言う効果が出るまでの時間、ずっと食べた人間は豚になるのをおびえながら過ごすしかない。 そう考えると、実際に効果が出たものよりも、出ない方が心理的恐怖は強いだろう。 「なるほど。それは確かに精神的にきますね」 「だから鬼灯様も誰かにあげてみて」 そう言って、魅力的なウィンクをして、リリスは閻魔殿を後にしていった。 妲己と女子会の予定なのよって、楽しそうに歩くリリスの後ろ姿に、2本の角と黒い翼、そしてしっぽが見える気がしたのは、気のせいか否や。 どちらにしても、鬼灯がこのようなジョークグッズを使うのは、目下1人しかおらず、遭遇しやすい衆合地獄を見て回っていたのも、そんな理由からだった。 しばらく無言の攻防したしたが、ごくんと飴が飲み込まれるのを確認すると鬼灯はぱっと白澤の口を覆っていた手を放した。 そこそこの大きさだった飴玉を飲み込んだ白澤は、げほげほと咳き込み、未だ涙が残る目で鬼灯を睨みつける。 「この鬼!なんてことしてくれたんだよ。これじゃあ、おちおち女の子と遊べないじゃないか」 「えぇ、まさに鬼ですから。万年発情期の淫獣が。ざまあみろ」 目的を遂行しきった鬼灯は、満足げに衆合地獄を後にした。 後日、豚に変身しなかった白澤が、鬼灯に得意げにそれを言って、知ってましたよと、爆弾を落とすのはまた別のお話。 |
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