似たもの同士の愚か者
衆合地獄にある花割烹狐御前の太鼓持ちである檎は、軒先で茶を啜っていた。
出来れば無駄な労力は使いたくないが信条の彼は、時々こうしてさぼったりしている。
いつもであれば、主である妲己に注意を受けるところだが、今日は上客の相手中なわけで、悠々とさぼりを満喫している。
そんな彼の元に、普段は桃源郷で仕事に励んでいる桃太郎が血相を変えて駆け寄ってきた。

「檎さん、すみません。うちのバカ師匠、お邪魔してませんか」
「あぁ、白澤の兄さんね。おるよー。今、お楽しみ中だと思うけど、どうする」
「…すみませんが、繋いでもらえませんか。こっちも急用なので」

人の褥中に水を差すのもためらわれるが、今はそれよりも自分の命の方が惜しい。
言葉にせずとも、そんな言葉が聞こえてきそうなほど、桃太郎の顔は切羽詰まっている。
檎は使いの子ぎつねに伝言を頼み、檎は桃太郎を自分の隣に座らせる。
店の者に声をかけ、お茶と団子を追加した。

「まぁ、ひとまず茶でも飲んで、落ち着き」
「あぁ、どうも」

そこそこ熱いはずのお茶を、一気に飲み干し、桃太郎はやっと息をつく。
獣が本性の自分には出来ない事だと感心しながら、檎は団子へ手を伸ばした。

「で、今日はどうしたんよ」
「白澤様、自分が受けた仕事の締切忘れてたみたいで、鬼灯様が乗り込んできました」
「あぁ、納得じゃなぁ。あの官吏様は、仕事に厳しいからのォ~」

話をしていて、先ほどの鬼灯の行動を思い出したのか、桃太郎はぶるりと体を震わせる。
白澤の元で漢方を学び、随分と経つが、鬼灯の白澤への当たりは亡者へのそれと変わらない。
一応、中華天国では神分類にあたる神獣なのだが、鬼灯に呵責される姿にそれはみじんも感じられない。
その原因が、全て自業自得なのだから、救いようもないと桃太郎は割り切っている。

「まぁ、白澤の兄さんにも非はあると思うがのぉ。はたから見ても、あの二人は本当に気が合っとらんし」
「そうなんですよね。鬼灯さんって、あの白澤様の唯一の例外だと思います」

普段、女性を見るや声をかけるのが礼儀と言わんばかりの白澤だが、腐っても神様である。
男性はいるだけの存在と言いつつも、仕事となればきちんと対処するどころか、アフターフォローもしっかりとする博愛主義の持ち主だ。
以前、桃太郎が本人にそのことを告げた際、やんわり否定されたが、間違ってはいないだろう。
だがどういうわけか、地獄の第一補佐官である鬼灯の事となると、普段は絶対口にしない罵倒の数々が無駄に豊富な知識を総動員して繰り出される。
それは鬼灯も一緒らしく、普段、閻魔大王や亡者に振るう呵責以上に、労力も惜しまず手を出している。
睡眠時間を惜しまずに、落とし穴を掘るとか、一般人には考えられない。
それくらい、二人の仲は険悪だと言える。
だが、ふと桃太郎は白澤と交わした言葉を思い出した。

「でも以前、白澤様がおかしなことを言っていたんですよね」


それはいつかの仕事の最中だった。
地獄から頼まれた仕事を白澤と桃太郎の二人で、せっせとこなしている最中、話題が鬼灯の事になったのだ。
いつもいつも手荒い洗礼を受けているから、"本当に鬼灯さんは白澤様を毛嫌いされてますよね"と言った時だ。

「あぁ、あれね。実は僕の事、嫌ってないんだよ」
「はっ?」

師の思わぬ返しに、不躾な視線を返してしまった自覚はある。
だが、顔を合わせれば、ただでは済まない二人が、実は嫌っていないとはどういうことだろうか。
無言でいる桃太郎に、白澤は言葉を付け足す。

「ほら、僕ってこれでも神様だしね。人からの好意っていうのかな。言動に添えられる感情については敏感なんだよ。自分に向けられる好意なら、尚更ね」

だから女の子と遊ぶ時も、そういう娘とそうじゃない娘を選んでたりしてさと、自慢げに話す白澤に桃太郎は軽蔑の視線を送る。
確かに白澤という存在を考えれば、そんなチートが出来そうな気はする。
だが、それを認めてしまったら、自分の恋心とかも露見してそうで、認めたくないと言うのが本音である。
生憎、今現在そういう相手がいないので心配はないのだが、白澤と共に過ごす時間が多い分、将来的にそういう可能性もありえるだろう。

「あー、桃タロー君、信じてないでしょー。まぁ、別に相手の心を覗き見るわけじゃないからね。さすがに僕だって、そんなに万能じゃないし。で、話を元に戻すけど、あの鬼、随分前から僕の事は嫌いですと言いつつ、好意が混じってるんだよね。信じられる?あの血も涙もない鬼がだよ」
「まぁ、にわかには信じがたいと思ってますよ」

この場合、信じがたいのは白澤の能力か、鬼灯が白澤に好意を寄せてるか、どっちかと言えばどっちもだ。

「でもさ、笑っちゃうよね。嫌い嫌いと言いつつ、本当は僕の事、好きとかさ。口に出そうものなら、こっぴどくふってやれるのにな~。中々表に出さないから、困るよね」

そういって笑う師の顔は、悪役が影で笑っているような下衆っぷりで、若干、桃太郎は引いたのだった。


桃太郎の話を聞き終え、檎は関心したように頷く。

「へぇー、そんな事が分かるなんて便利やねェ」
「便利っていうか、ちょっとだけ怖いなと思いましたよ。やっぱり神様なんだなって」

普段の行動があれなだけに、桃太郎が白澤を見る目が少しだけ変わった瞬間であった。
ただ、どうも白澤の言う鬼灯の好意ってものが、普段の二人からは一致せず、それだけは納得できずにいる。
そう話す桃太郎に対し、檎は檎で思い出したように口を開いた。

「そう言えば、鬼灯の旦那もおかしなことを言っておったのォ」


それはいつかの休憩時間のことだった。
衆合地獄の見回りに来ていた鬼灯と出会い、今日の様にお茶屋で団子を食べていた。
ぱくぱくと大量の団子が消えていくのを見ていると、隣から聞こえてくる話題に鬼灯が盛大な舌打ちをした。
聞き耳を立ててみると、どうやら白澤が煎じた漢方薬の話題らしい。
普段の軟派な態度は目に余るが、漢方医としての腕はたしかである。
共同研究を行う間柄だけに、鬼灯もその事は認めているようだが、白澤が持ち上げられているのは、面白くないらしい。

「本当にお二人は水と油やね。白澤の兄さんが、暴言吐くのも官吏様だけかのォ」
「あぁ、あれですか。暴言に見えるかもしれませんが、見かけ倒しですよ」
「へっ?」

鬼灯の言葉に、間抜けな声をあげた自覚はある。
だが、人当たりの良い白澤が、唯一手をあげ、馬事罵倒を繰り広げ応戦しているのに、それが見かけ倒しとはどういうだろうか。
無言でいる檎に、鬼灯は言葉を続ける。

「言葉としては暴言にあたりますが、感情は全く伴っていません。地獄で仕事をしていると憎しみや恨み、嫌悪などの感情をもろにぶつけられるんですよ。その所為か、そういう感情には敏感なんです。それなのに白澤さんが発する言葉にはそれらが感じられないんです。まるでハリボテですね」

普段のへらへらしている笑顔とも違い、外見と感情が一致しない。
それは非常に稀有な状況で、鬼灯はしばらくその違和感に疑問を持っていたという。
他の人たちとの感情と比べた結果、一つの答えにたどり着いた。

「実はあの人、私の事を嫌いと言いつつも、嫌っていないどころか好きみたいなんですよ。女性を見るやすぐに声をかける年中発情中のスケコマシの癖に、男である私に興味があるなんて、信じられますか」
「うーん、そう言われてものォ」

この場合、信じがたいのは白澤の言葉が感情を伴っていない事か、白澤が鬼灯に好意を寄せてるか、どっちかと言えばどっちもだ。

「酔って口でも滑らそうものなら、蔑んであげられるものの。偶然居合わせた飲み会の席で、色々酒を注いでみるのですが、未だに成果が見られないんですよね。あの白豚が自らの失敗で絶望し、顔が歪む様を見るのは、実に爽快だと思うんですが、実に残念です」

そういって無表情で言う顔はいつもの変わらないものの、言葉の端々に忍ばされた不穏な言葉に、檎は背中に冷たい物を感じたのだった。


檎の話を聞き終え、桃太郎は聞かなければよかったとため息をつく。

「俺、今聞いた話は聞かなかったことにしてもいいっすか」
「ワシも聞いた時、そう思ったのよ」

どこか遠くを見やり、檎は同意する。
聞かなかった事にしたいのならば、己に語らなければ良いのにと、やや巻き込まれた形の桃太郎はそう思う。
だが、初めに話を振ったのは自分なので、そこはぐっと押さえ、言葉にはしなかった。

「でも不思議ですね、お互いに相手が自分の事を好きだと感じているなんて」

互いの事を嫌いだと公言している二人が、全く同じように互いに好かれていると思うなど、本当に摩訶不思議である。
桃太郎の言葉に、うんうんと頷き、檎は、からりとした声で思った事を告げる。

「実はそう言っている本人が案外好きやったりしてな。ワシや桃太郎さんに言っているのも、相手にそう思ってほしいという願望だったりしてな」
「いやいや、さすがにそれはお子様過ぎるでしょ」

それでは今どきの小学生の方が、もっと進んだ恋愛をしているだろう。
少なくとも何千年と生きている彼らが、そんな幼稚な恋愛をしているとは考えにくい。

「思い過ごしかのォ~」
「そうですよ」

互いに知るべきでなかった事を理解し、二人の男は顔に笑みを浮かべ、笑って流すことにした。
はたして、本当に白澤が鬼灯を好きなのか、鬼灯が白澤を好きなのか、それとも本当にお互いが嫌いあっているのか。
当事者でない二人には、知る由もなかった。



END





モドル