2015鬼白で花見
6.お茶と桜餅
「折角、桜餅があるのに、花見にならなくて残念だったな」
「まぁ、相手は自然ですから、こう言う日もありますよ」

珍しく穏やかな空気に包まれたうさぎ漢方 極楽満月では、犬猿の仲と言われる鬼灯と白澤が、カウンター越しに対話をしていた。
桃源郷にしては珍しく、朝から雨に包まれており、店を訪ねる客足は遠のいている。

普段は生薬や薬草が並ぶテーブルの上には、鬼灯が現世視察の帰りに土産として購入してきた桜餅が置かれている。
桜の葉と薄い桜色の生地であんこを包み、桜の塩漬けがちょんと上に乗っている桜餅は関東風とも呼ばれるものだ。
季節を感じるからという事で、一子と二子のお土産の他に、余分に購入したものだった。
珍しく連休の為、そのまま花見に興じようと桃源郷に来てみれば、あいにくの雨で、店内でサボっていたもとい暇を持て余していた白澤にお茶を出すよう乞ったところだった。

見た目も味のうちと言う白澤に促され、鬼灯は桜餅を懐紙に乗せ、御茶席を整えていく。
そうこうしている間に、白澤は一旦裏に下がり、お茶の準備をする。
戻ってきた手には、半月のような盆を持ち、その上にはポットとおもちゃのような小さな湯呑2つを並んでいる。

「綺麗なお茶ですね」
「まぁ、僕のとっておきだからな」

そういって二人が見つめるのは、ガラスのポットの中に浮かぶ工芸茶だ。
お湯の中に入れると、開花した花のように美しい姿を現すそれは、白澤が来客をもてなす為に、コレクションしているものの一つだ。
とっておきと言うその品は、茶葉の大地にと桜の花が天へ向かって花開き、ジャスミンの虹が空を彩るデザインとなっている。

「今日はこれで我慢しておけ」

この天気では番傘をさして外で花見をするのも大変だろう。
傘が桜の花びらで彩られるのは美しいだろうが、それで風邪を引くのもバカらしい。
春の陽気らしくない雨に、白澤はそっと牽制をする。

「貴方以上の花など無いのですから、これで十分ですよ」

さらりと告げられた言葉に、白澤は目を丸くし、思わず、飲んでいた茶が咽る。
ゲホゲホと、呼吸と整えようとする白澤に対し、鬼灯は涼しい顔で茶を啜る。
我関せずというのは、まさにこういう事を指すのだろう。
やや涙目になった白澤は、非難するように顔をしかめて、目の前の鬼を睨む。

「お前って、時々ほんと恥ずかしい事を口にするよな」
「事実ですから、別に恥ずかしくはないですよ」

開き直ってしまえば、恥ずかしくないが持論の鬼灯にとっては、白澤が恥ずかしいと思う事でさえ、大した問題ではない。
それを理解はしているが、そのまま受け取ることが出来ない白澤は、さらに言葉を続ける。

「だから、それが恥ずかしいんだって」

どう言ったら、通じるのだろうかと首を傾げるが、他の人が見る事の無いデレを見れる唯一の存在である以上、これ以上嬉しい事はないのも事実だったりする。
結局のところ、好いた惚れたの関係である以上、意地を張る方がバカらしく、目の前に置かれた桜餅に手を伸ばす。

「甘っ」

それは餡子の甘さだったのか、それとも己たちの関係についてだったのか、鬼灯は少しだけ聞いてみたい気もしたが、それこそ野暮だろうと言葉を飲み込み、お茶を飲み干した。


7.弁当
朝起きると、そこには珍しい光景が広がっていた。

「ニイハオ、桃タロー君」
「おはようございます。今朝は随分と早起きですね」

"いつもなら、起こすまで起きてこない事の方が多いのに"と付け加えられた言葉に、白澤は苦笑いを返す。
朝が苦手と言うよりも、自分の許容量以上の酒を飲み、次の日の朝に残して念仏のように詫びる様を見続けていると、白澤が朝早くに起きているという普通の事さえ、特別に思えてしまうのだから不思議だと思う。
しかもきっちりと身支度を整え、台所に立っている様は、久しぶりに見る光景だ。

「優先しないといけない、仕事が入ったからね」
「仕事って、宴会でも催すんですか」
「えっ?」

億年越えという年に似合わず、なんで?と首を傾げる様に、自覚がないのだろうかと、桃太郎は心の中で思う。
そして視線は彼の後ろのテーブルに向けられる。
いなり寿司、五目おこわ、玉子焼きが二巻、アスパラのベーコン巻、海老しんじょうのレンコンはさみ揚げ、スティック春巻き、ホタテとそら豆の炒め物、里芋の白煮、筍の土佐煮、菜の花のカラシ和え、こごみの胡麻和え。
そしてデザートには抹茶と小豆の蒸しパンと桜の蒸しパン、胡麻団子、薄皮包みの桜餅と道明寺。
ずらりとテーブルの上に並べられたメニューに、宴会でもやるのだろうかと感想を頂くのは桃太郎だけではないだろう。

「まぁ、宴会と言えば宴会かな。花見弁当作ってるんだよ」
「そういえば、桜が見事に咲いてますよね」

一年を通して春の陽気に近い桃源郷でも、不思議なことに明確な季節がある。
以前、不思議に思って白澤に聞いたところ、"植物には我慢させる時期が必要だからね"とのことだった。
植物が枝を伸ばし、日の光を求めるのは、成長するためだ。
田んぼの稲が、水抜きをし、地中深くに根を張らせたりするのと同じだ。
桃源郷でもこれに似た現象が、季節の存在だと言う。
初めて知った時は、ひどく関心したものだと、桃太郎は一人思う。 しかし、これだけの量だと、女性がらみだろうか。
そう思っていると、意外な言葉が耳に届いた。

「で、これはあの鬼からの依頼。食材費は全部あいつ持ち」
「えっ。これ、全部ですか。皆さんで宴会とかじゃなくて」
「そっ。仕出し屋じゃないって、何度も言ってるんだけどね」

確かに、個人からの注文としては多い料理の量に、ただただ関心するしかない。
そう言えば、鬼灯さんは大飯ぐらいだと、閻魔大王が言っていたなと心の中で、思い出し、妙に納得する。
そして続いて浮かんだ疑問をそのまま、口にした。

「意外ですね。あんたが、鬼灯さんの依頼をきちんとこなすなんて。俺、高級食材を適当に入れて、材料代ぶんどるのかと思いました」
「あぁ、一時期はそういう考えもあったよ。でもさ、やっぱり口にするものは、本当に美味しいものにしたいじゃん」

既にやったのかと、あきれたのは言うまでもない。
しかし相手の事を思い、これだけの料理を作るのだから、それも本当に初めのうちだけなのだろう。
あらかた説明を終え、白澤は料理の粗熱が取れたか確認をしている。
テーブルの上には、朱にうさぎが飛び跳ねている3段重ねの重箱と黒に南天の模様が美しい2段重ねの重箱が並んでいる。
さきに2段の重箱を手に取ると、いなり寿司と五目おこわを丁寧に詰めていく。
あらかた詰め終わると、残りは別の大皿に自分たちの朝食プラスお昼用と思われる分が取り分けられる。
そして次はおかずと言うように、重箱に手を伸ばす。
おせちのように1の重、2の重、3の重と詰めていく様は、とても手馴れており、この依頼が随分と前から慣習化されている事が窺い知れる。
いなり寿司どうように、おかずもお皿に盛りつけられていく。
ふと、思い出したように、桃太郎の手前に置いてある玉子焼きを指さした。

「そうそう、玉子焼きは桃タロー君の朝食用に余分に焼いてあるから、食べていいよ」

その言葉に行儀が悪いのは承知で、玉子焼きに手を伸ばすと、ひょいっと口へ運ぶ。
次の瞬間、驚いた顔の白澤と目が合った。

「あっ、そっちじゃない」
「えっ?…あれ?」

もぐもぐと咀嚼して呑み込めば、口内に残るのはふんわりとした甘さだった。
辛い物が好きな白澤にしては珍しいラインナップだ。
桃太郎が住み込みを始め、一緒に食事をしている時に作るのは、オムレツのように塩コショウの効いた玉子焼きか、じゅわっと出汁が効いただし巻き卵だ。
今食べたような甘い玉子焼きは初めてだと思われる。
つまり、食べる人の好みを優先したのだろう。
だが、普段嫌いだと言っている相手の好みを知っているのは、いささか矛盾している気がする。
恐る恐る、桃太郎は確認の言葉を口にする。

「これ、俺のじゃないですよね」
「うん。桃タロー君、これ以上、何も言わないでくれる」

顔だけでなく首元まで真っ赤にした白澤に、追い打ちをかけることなど出来るわけもなく、"顔を洗ってきます"と言って、席を外すのが精一杯だった。
その日、桃太郎は長年知らなかった、己の師と地獄の補佐官の関係を理解したのだった。


10.来年の約束
袖触れ合うも多生の縁。
一度目で縁が結ばれ、二度目は偶然出会う。三度目でそれは必然となり、腐れ縁がどれだけ続いただろうか。
何千年も重ねた想いは、こじれ、絡まり、固く閉ざされる。
今年も花見に誘う言葉は己のうちに呑み込み、また花が散る。
一層の事、この気持ちさえ花と共に散らしてしまおうと思うが、小さな花びらを拾うように、思い出を数えてしまうのは、惚れた弱みだろうか。

自分でも分の悪い恋をしたものだと思う。
一度は嫌った相手を好きになるなど、誰か思うだろうか。
周囲からは因縁の相手、天敵、水と油な関係と言われる、僕とアイツが、同じ思いを持って交わることなど、この先、どんな奇跡が起きたとしても、まずありえないだろう。
片想いだと、開き直るのは、弱い僕が考えた、唯一の道だった。
相手に見返りは求めたりしない。
気持ちを伝えるつもりは毛頭ない。
なぜならば、この気持ちを否定されてしまったら、僕はもうこの場に居られない。

そう思いながらも、同じ時を少しでも共に過ごせたら、なんて幸せだろうか。
アイツが笑ってもいいから、来年こそは二人で花見をしてみたい。
そう素直に口に出せない僕は、なんて弱虫なんだろう。







モドル