バイト |
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俺、松野おそ松は、ごくごく普通の高校生だと思っている。 成績は上の中。 ガリ勉というわけではないが、コツをしっかり抑えられるタイプのようで、期末に出される成績表は中々の成績だ。 また運動神経も悪くない。 運動部に所属はしていないものの、体育祭やクラスマッチでは、欠かせない存在になっている。 おかげでクラスの中ではムードメーカーとして地位を確立し、割と顔の広いほうだと思う。 昔から、何事もそつなくこなせる性質で、先生達からの評判も良かった。 だが、そんな俺が先日、とあるミスをした。 小学生の時から大好きなゲームシリーズの最新作に、見事ハマってしまったのだ。 おかげで、2年生最初の中間テストで、今までに無い点数をたたき出した。 ゲームの影響なのか、最近は視力も落ち、勉強中だけ眼鏡をかけるようになった。 眼鏡とかダサいだけじゃんと思いつつ、学業に支障をきたすのは事実で、そこは甘んじて受け入れている。 だが、テストの結果については、母親が妙に心配し、勝手に家庭教師を雇ってしまったのだ。 おかげで、本当ならクラスメイト達とバッティングセンターやカラオケに行くはずだったのに、自室で待機するはめとなった。 あぁ、本当についていない。 ある程度綺麗に整えられた自室の机で、スマホを片手に時間をつぶす。 どうやら授業を始める前に、事前に保護者との面談があるらしく、自室待機を言われ10分程度だろうか。 さすがに小学生の悪童でもあるまいし、授業をボイコットする事はしない。 だが、本来ならもっと良い成績を出せたはずの状態で、分かりきった授業を受けるのは、なんともダルイ。 まぁ、自分が蒔いた種なのだから仕方がないと思いつつも気は重い。 そんな事を思っていると、コンコンとドアを叩く音が響いた。 手にしていたスマホを引き出しの中にしまい、ドアへ足を向ける。 木製の扉を開くと、そこには自分とあまり身長差の無い男が立っていた。 「おそ松君だよね。家庭教師の松野です。入ってもいいかな」 自分と同じ苗字を告げた男の声は、思っていたよりも綺麗で、優しい印象を受けた。 まだ若いところを考えると、大学生のアルバイトだろうか。 さすがにそのままというわけにもいかず、部屋の中に迎え入れる。 事前に用意しておいた椅子を勧めると、軽く会釈をして座った。 「改めまして、松野チョロ松です。苗字が一緒だから、下の名前で呼びたいんだけど、いいかな」 「どうぞ。じゃあ、俺もチョロ松先生って呼べばいいの?」 「あぁ、先生って呼ばれなれてないから変な感じだけど、おそ松君がそれでいいなら、いいよ」 少しはにかむ姿に、チョロそうな男という印象を抱いた。 チェックの緑色のシャツにチノパン、そして眼鏡。 これでアイドルの名前が入った団扇でも持っていれば、アキバ系だと勘違いされそうなファッションだ。 レンズ越しに顔の輪郭がかなりへこんでいるから、結構目が悪いのかもしれない。 少し細身のフレームだが、赤の色が割りと似合っていると思う。 よくよく思い出してみれば、今俺が机の上に出している眼鏡と同じメーカーのヤツだ。 しかも一度は悩んだデザインと同じだ。 昔から赤が好きで、好んで選んでいるのだが、学校では少し派手過ぎるだろうと、諦めたのだった。 その結果選んだのが、このグリーンで少しフレームが大きめのコレ。 でもトレードマークの赤を無碍にも出来ず、結局はつるの部分が赤いこの眼鏡にしたのだった。 「じゃあ、まずはこの前やった、テストを見せてもらえるかな」 「あぁ、はい」 きっと言われるだろうと思い、用意しておいたテストを差し出す。 特に酷かった英語のテストでは、眉間にしわを作り、難しそうな顔をしている。 全教科を見終えると、チョロ松先生はカバンからクリアファイルを取り出した。 「じゃあ、このプリント、ちょっと解いてみようか」 「はい」 「時間は10分。よーい、始め」 合図と共にプリントを見ると、見覚えのある内容で、一瞬手が止まる。 チラリとチョロ松先生の顔を見ると、早くやれと言っているようで、俺はそのままシャープペンシルで答えを記入していった。 「はい、終わり。ペンを置いて、プリント頂戴」 「はい」 手渡したプリントは、チョロ松先生が持参したバインダーにはさまれ、赤ペンでスラスラと採点をされていく。 手馴れた動きを見つつ、気になった事を口にした。 「ねぇ、先生。なんで事前にテスト問題、持ってたの」 「あぁ、さすがに分かった?」 「俺だって、そんなにバカじゃねぇよ」 そうなのだ。 今回が始めての授業だというのに、出された問題は、先日酷い点数をたたき出した中間試験の問題と同じものだったのだ。 いくらなんでも用意が良すぎるだろう。 「俺の弟が、君と同じ学校に通ってるんだよ。クラスは違うみたいだけど、君って目立つんだってね。弟が言ってたよ」 「えっ。松野って言うと…、3組の一松?」 「そうだよ。よく知ってたね。直接、面識はないでしょ」 「以前、委員会で間違えられたから、名前だけ知ってる」 松野という苗字は、そこまで珍しいわけでもないが、多いわけでもない。 だから8クラスあっても、なんとなく縁があったので覚えていた。 「そっか。今の再試験、9割がた正解だったね。ちゃんと見直ししてたんだね」 「まぁ、さすがにあの点数はショックだったしな」 「じゃあ、ゲームを程ほどにしてれば、次回のテストは大丈夫そうだね」 「えっ?」 自分の母親ですら知らないはずの事を、初めて部屋に入ったこの男が知っている事に思わずうろたえる。 「ベットの脇にある攻略本。結構読み込まれているから、そうなのかなって。事前に聞いていた話では、そこまでゲームとかやる方じゃないって聞いてたらね」 悪戯のからくりを見つけたような意地の悪い笑みを浮かべている。 最初の印象をひっくり返す笑みだ。 もしかすると、過去に自分も同じような事をしていたのかもしれない。 そう考えると、少し年上のこの男が、妙に魅力的に感じられた。 自覚するよりも早く、口を開いていた。 「ねぇ、チョロ松先生。賭けをしない」 「賭け?何の?」 「次のテストで、平均点が95点以上になるかどうか」 成績は上の中とは言ったが、90点以上の成績が出せるのは、日本史と生物ぐらいだ。 だからコレは俺にとって分が悪い賭けだと思う。 しかし勝ち戦よりも、難易度の高いほうがゲームは面白いのだ。 「ふーん、いいよ。君、面白い顔してるしね。で、報酬は?」 「俺がアンタにアプローチをかける権利。年下とか、男だからとかは無しだからな」 「ぷっ、あはははっ。本当に君って面白いね。いいよ、おそ松。その賭け、受けてあげる」 本気にしていないようだが、今に見てろとの意味を込め睨みつける。 絶対、攻略してやるんだと心に決めた瞬間だった。 |
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