プロポーズなんて意識していない |
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いつもどおり収穫の無いハロワから重い足取りで帰宅した。 鍵のかかっていない玄関をくぐると、いつもは所狭しと並んでいる靴が無かった。 時刻は昼を軽く過ぎ、13時半。 昼食をとって、外に出かけているのだろう。 そんな中、かかとが磨り減った赤いスニーカーの存在が目に付いた。 どうやら、おそ松兄さんは家にいるらしい。 「ただいまー」 まずは居間に荷物を下ろし、台所へ向かう。 ガラリと戸を開けると、おそ松兄さんが意外な姿で立っていた。 「何してんの?」 「開口一番がそれって、どうなの?兄ちゃん、泣いちゃうよ?」 こてんと軽く首をかしげる姿に、可愛いと思ってしまうのは、惚れた欲目なのだろうか。 最も、そんな事を言おうものなら、図に乗るのが目に見えているので言わない。 大切な事だから二度言っておこう。 恋人ではあるが、図に乗ると面倒だから、言わない。 塩対応だって言われても、それが一番だと身をもって知っているのだから仕方が無い。 さて、話を元に戻そう。 いくら僕だって、変なところが無ければ、ツッコミなど入れない。 つまり僕に指摘されるだけの理由が、おそ松兄さんにはあるという事なのだ。 どういうことかというと、いつも家にいるときはだらだらと兄弟を顎で使う、あのおそ松兄さんが母さんのエプロンをかけ、台所に立っていたのだ。 そりゃ、何してんの?って聞くでしょ。 それが当然の反応という物だろう。 「あのさ、チョロ松。声に出てないけど、心の声、駄々漏れ」 「えっ、そうだった?」 「そりゃさ、俺だって面倒な事は嫌いだよ?でもね、有事の際には俺だってやるのよ」 おそ松兄さんが有事の際とまで言わしめる何かが、この松野家で起きているらしい。 思わず、ごくりと唾を飲み込む。 そして慎重に言葉を繋げた。 「…つまり?」 「金なし、カップ麺なし、母さん不在。当然昼飯の準備なし。俺、空腹。今、ここね」 「うん、それはただ事じゃないね」 「だろ?」 張り詰めた緊張感はどこへやら、一瞬にして場の空気が緩む。 あぁ、だが確かにこれは死活問題だ。 ただでさえ空腹に耐えて帰ってきたところなのに、それは予想していなかった。 「まぁ、冷蔵庫覗いたら食材と冷凍庫ご飯があったから、チャーハンでも作ろうかなって思ってさ」 「なるほどね」 先ほどから電子レンジの音がすると思ったが、ご飯を解凍しているらしい。 まな板の上にはベーコンが置かれており、今から切ろうとしていたのだろう。 「僕も食べてないから、二人分でよろこしく」 「なんだよ、お前もまだなのかよ。しゃーないな」 ぽりぽりと頭をかきつつ、冷凍庫を覗いている。 普段は甘えたなおそ松兄さんだが、たまに僕が甘えるとめっぽう弱い。 だから時々、意図して甘えるようにしている。 まぁ、全部任せるのも気が引けるから、スープぐらいは作ろうと思う。 お湯を注ぐだけのカップスープだけど。 そんな事を考えつつ、ふと、ある思いが頭をよぎった。 「ねぇ、おそ松兄さん、玉ねぎとピーマンってあった?」 「あぁ、あったけど、なんで?」 「僕、チャーハンじゃなくて、オムライスが食べたい」 「えー、手間かかるじゃん」 おそ松兄さんの指摘の通り、チャーハンは順番に具材を炒めていくのに比べ、オムライスはひと手間かかる料理だ。 まずはケチャップライスを作り、その後で卵で包む必要がある。 指摘はもっともなのだが、一度思いついてしまったら、もう脳みそはオムライスしか受け付けない。 そもそも材料が全部揃っているのだが悪いと決め付け、畳み掛ける。 「久しぶりにおそ松兄さんが作ってくれたオムライスが食べたいな。ね、お願い」 「あー、もう。しゃーないな」 「ありがとう、おそ松兄さん」 「あぁ、本当に確信犯だよね、お前さ」 へらっと笑った事に対して、おそ松兄さんが少し不服そうに指摘する。 まぁ、使えるものは使わないととは思う。 だが、おそ松兄さんのオムライスが食べたいのも本音なのだから、文句は言わないでもらいたい。 意外だと思われるかもしれないが、僕たち6つ子は、ある程度料理が出来る。 というのも、学生時代、強制的に母さんの料理の手伝いをさせられたからだ。 育ち盛り6人の食事は半端な量ではない。 すぐに腹減ったというし、買い食いするほどのお金もない。 そんな腹ペコモンスターの僕たちの胃袋を早くおさめるためには、作り手を増やすのが一番だったのだ。 そうは言っても、うちの台所だってそんなに広いわけではない。 だから、当番制で料理を手伝うはめになったのだ。 そんな昔の杵柄があって、個々に得意な料理があったりする。 もともと和食がメインの食卓で、洋食を食べたいと思うのは、決して贅沢な事ではないだろう。 トド松は、フレンチトーストとか甘いデザートを作りたがったし、カラ松はチーズインハンバーグを食べたくて作ったくらいだ。 そんな中、おそ松兄さんが一番得意のしたのは、今回リクエストしたオムライスだった。 「俺もお腹と背中がくっつきそうなくらい、腹ペコだから、さっさと作るからな」 「わかったよ。たまねぎ出すね」 「みじん切り、頼める?」 「うん、わかった」 さくさくと役割分担を決めて、作業をする。 実際、フライパンを振るうのはおそ松兄さんなので、食材の下ごしらえをしていく。 その脇で、フライパンを熱し、おそ松兄さんが手をかざして温度を確認していく。 サラダオイルを熱し、具を炒め、塩コショウをぱらぱら。 ケチャップで先に味をまとめて、ホカホカにあったまったご飯を投入していく。 程よく水分が飛んだケチャップが、ご飯を染めていく。 満遍なく混ざったところで、バターをひとかけら。 この一手まで、洋食の味に近づくらしい。 いい香りが立ち込めるフライパンから、おそ松兄さんが一口味見をする。 満足そうに頷く脇で、僕は卵の準備を進める。 卵は贅沢に一人2個。 少し牛乳を入れて伸びるようにする。 別のフライパンを熱し、バターを溶かしていく。 「チョロ松、卵頂戴」 「はい」 溶き終わった卵を渡すと、直ぐにジュワーと音を立ててフライパンに流しいれていく。 素早く卵をかき混ぜ、フライパン全体に卵を伸ばす。 ケチャップライスは平らにひきつめ、あとはトントンとフライパンの柄を叩いてリズミカルに揺すっていく。 「チョロ松、お皿~」 「はい、おそ松兄さん」 「うん、あんがと」 受け取った更に綺麗にオムライスを移す。 「久しぶりにしては中々じゃね?」 得意げに鼻の下をこするおそ松兄さんの発言どおり、良い出来栄えだと思う。 お皿を受け取り、居間のテーブルに運ぶ。 そしてもう一つオムライスを作っている間に、棚から取り出したコンソメスープの粉末をマグカップにあける。 そこでお湯を沸かし忘れていた事に気づいた。 「おそ松兄さん、お湯沸かすから、先に食べてて」 「あー、そう?」 薬缶に手を伸ばし、急いで水を注ぐ。 二人分のお湯なら、そんなに時間はかからないだろうが、出来立てのオムライスに申し訳ない気持ちがしてくる。 そんな事を思っていたら、あっという間にお湯は沸いた。 急いでカップを持って居間に移動する。 見るとテーブルの上にはまだ手のつけられていないオムライスが二つ並んでいた。 「あれ、先に食べててよかったのに」 「ここまできたら、一緒に食べたいじゃん」 珍しく全うな理由に、確かにと頷く。 コトリとカップをテーブルの上において、おそ松兄さんの脇に座る。 皆がいる時は対極に座る事が多いのだが、二人しかいないのだから、それも可笑しいだろう。 実際、おそ松兄さんも同じ事を思っていたのか、二つの皿はほぼ並んでいた。 「じゃあ、食うか」 「そうだね。いただきます」 「いただきます」 親のしつけの賜物か。 松野家では、食事の際に必ず、きちんと挨拶をする習慣がある。 それは二人でも同じで、ゆっくりと食事を始める。 オムライスの玉子の上には、ケチャップでハートが描かれている。 恥ずかしい事をするなと思いつつも、悪い気はしない。 だが、ハートを崩すのは少し勿体無いと思ってしまう。 そうは言っても、最終的にお腹に収まってしまうのだからと、ガッとスプーンですくう。 口に含めば、バターの風味が豊かなケチャップライスの味がした。 「あぁ、美味しい。本当におそ松兄さんが作るオムライスは最高」 「本当に嬉しそうに食うよな。こっちが照れるんだけど」 「だって、ほんとのことだし。出来れば、これからもずっと食べてたいな」 「えっ?」 「えっ?」 明らかに戸惑いの声を返され、こちらも同じように戸惑いの声を上げた。 何か変な事を言っただろうかと自分の言葉を思い出すが、特に思い当たらない。 それなのに、目の前のおそ松兄さんは、顔を赤らめ、目が泳いでいる。 「えー、チョロ松さん?」 「はい」 「今のはプロポーズの催促と受け取ってもいいのでしょうか」 「えっ、あー、はい?いや、えぇぇ!」 予想もしない言葉に、思わずテーブルを叩いて立ち上がる。 それに反応するように、ぐっとおそ松兄さんが僕の手を掴んだ。 「こら、逃げんな」 「いやいやいや。だって、えっ、なんで?」 訳が分からない。 なぜ、プロポーズという言葉が出てきたのか。 確かに僕たち、恋人だよ。 男同士だけど、やる事はやってるしね。 親に孫保障とか言っておきながら、ごめんねって謝ったのは懐かしい記憶だ。 だが、だがだ。 プロポーズとはいかがなものだろうか。 そもそも、結婚なんて出来ないし、そんな女々しい事を言いたいなど思ったことは、無いわけではないが、ここでそんな事言えるわけない。 だって、そんな事を言って、おそ松兄さんに呆れられたくない。 それが僕の本音だった。 「なぁ、チョロ松、一緒に暮らそう」 「いや、既に一緒に暮らしてるじゃん」 思わず、ツッコミを入れる。 いや、きっとそう言う意味じゃないのは百も承知なんだけど、言わずには入れなかった。 そんな僕の心情を見透かすかのように、おそ松兄さんがふっと笑った。 その笑顔に、僕の胸はぎゅっと掴まれた様に高鳴った。 「俺、チョロ松とこうして居られるの、すっごい幸せなのよ。だから俺もこれからもずっと一緒にいたい…です」 尻すぼみに小さくなる声に、思わず首を傾げる。 その態度が嫌だったのか、ちょっとだけむすっとした顔をしたが、直ぐに一つ小さなため息をついて、僕のことを見返してきた 「だから、俺と一緒に二人で暮らそうって言うの。家を出ても良いし、実家で親の面倒見てもいい。でも絶対、チョロ松と暮らしたいの、俺は」 真っ赤な顔でいうおそ松兄さんを見て、今の言葉が先ほど僕が無意識に言った言葉と同じ意味である事を理解した。 「今更な確認なんだけど、それってプロポーズ?」 「プロポーズだ、多分」 「多分ってなんだよ、多分って」 「ほら、若さゆえの勢いってヤツ?っうか、先に言ったのお前じゃん」 「いや、あれはそういう意味じゃないし」 「本当にそうか」 じっと正面から見返され、視線が泳ぐ。 あぁ、これは無理だと思い、白旗をあげる。 「少しはそうなればいいなという気持ちも無いわけじゃんかった」 「本当、お前って素直じゃないな」 「悪かったな」 「でもさ、そんな所も含めて好きなんだけど」 照れくさそうに笑うおそ松兄さんに、つられて口元が緩む。 「僕もおそ松兄さんが好き。そのプロポーズ、お受けさせていただきます」 ずっと掴まれたままだった手に、そっと口付ける。 その瞬間のおそ松兄さんの顔を僕は一生忘れないだろう。 どんな顔だったかって? それは僕とおそ松兄さんだけの秘密だ。 おそ松! |
END |