うちの長男には敵わない |
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視界いっぱいに広がる赤。 あか、アカ、赤。 光の三原色のひとつ。 英語ではRED。 でも赤とREDでは、色が少し違うと言ったのだは、誰だったか。 とにもかくにも、松野家で赤と言えば、おそ松兄さんの色だ。 それに視界の全てを奪われている。 布越しに伝わるぬくもりに、どうしてこうなったのだろうと、軽く目を閉じて振り返る事にした。 兄弟から言わせると、僕は少し神経質なところがあるらしい。 その影響なのか、ごくたまに寝つきの悪い日があった。 全然眠れないと言うわけではなく、眠りにつくまで、いつもより多くの時間を費やす程度のもの。 だからあまり真剣には悩んではいなかった。 しかし成長するにつれ、少しずつ変化が現れてきた。 ごくたまにだったそれが、ある時を境に連日となったのだ。 眠気が出てくるまで布団の中で、ゴロゴロと寝返りをうつのは定番。 よく聞く脳内で羊の数を数えてみた。 最も、これは逆効果だと言うのは、随分後になって知った。 寒い夜に布団を抜けだし、ホットミルクを作ってみたり、あの手この手を試してみた。 そんな中、何かを抱きしめて寝るのが一番効率が良い事がわかったのだ。 これは偶然、昼寝をしている時に、近くにあった枕を抱えていたことから判明した事だった。 抱きしめると言っても、男兄弟6人の家に、そうそう抱きしめやすいものがあるわけじゃない。 これで僕が女の子だったら、ぬいぐるみとか可愛いものだったのかもしれないが、さすがにそれはない。 その結果、僕が安眠の為に導入したのが、抱き枕だった。 いくつかお店を巡り、低反発のもので、抱き心地の良いものを購入した。 割と痛い出費だったが、睡眠時間確保の事を思えば、背に腹は代えられなかった。 そのおかけで、ぴたりと寝つきの悪いのが取れ、しばらくすると抱き枕を抱きしめずとも、眠れるようになったのだった。 これで問題解決だと思うでしょ? でもね、実際はそう簡単じゃなかったんだよ。 なぜか、昼間でも何かを抱きしめていないと不安な日が出てきたんだ。 そういう日は、決まって夜も寝つきが悪い。 もう悪循環だよね。 結果、昼間はクッションを、夜は抱き枕を抱えて眠りにつく。 それがずっと続くようでは、何かと支障をきたすが、それも長くて三日程度。 だからどういうリズムでこういう現象に陥るのか、僕はあまり気にしていなかった。 それはクッションを抱えて2日が過ぎようとした日だった。 先ほどから感じる視線に、どうしたものかと思いつつ、ぺらりと求人雑誌をめくる。 少し前に一松と十四松が散歩に出かけてしまい、兄弟の自室には僕とおそ松兄さんの二人きりとなった。 いつもであれば、うるさいくらい構って光線を浴びせてくるおそ松兄さんだが、今日はどういうわけか、静かなもので、正直気持ち悪く思っていた。 そのうえ、何か言いたそうに見つめてくる視線。 僕は、これが正面切ってのアピールよりも性質が悪い事を知っている。 メンタルが小学6年生のおそ松兄さんが、黙っている時ほど、居心地の悪い時は無い。 ここで勘違いしてほしくないのだが、別に嫌だと思っているわけじゃない。 実は、これでも僕とおそ松兄さんは付き合っている。 男、兄弟、ニートという三重苦を軽くひとっ跳びした恋人同士なのだ。 だから、知っている。 これは機嫌が悪いのではない。 何か思案している時の癖なのだと。 「なぁ、チョロ松」 視線を感じてからどれくらい経っただろうか。 30分くらいかもしれないし、5分程度だったかもしれない。 正直、時間感覚が狂う程度に、おそ松兄さんを意識していた。 「なに、おそ松兄さん」 だから僕は努めて平静を装って返事をした。 ここで慌ててたら、まるで僕が何か隠しているように思われると感じたからだ。 「お前さ、何か言いたい事ない?」 ようやく声をかけてきたと思ったのに、予想外の質問に眉間にしわを寄せる。 思わず、無言で見返してしまった。 失礼だが、言葉が足りなさ過ぎるだろう。 そう思っていると、僕の思いを汲み取ったのか、言葉が付け足された。 「いや、何か悩みでも抱えてるのかと思ってさ」 「兄弟が揃ってダメ人間だとか?」 「それ、ブーメラン。お前もだろ」 「はぁ?常識人は僕だけだし」 何を言っているのだと否定すれば、眉間にしわを寄せ見返すおそ松兄さんと目が合った。 トド松の澄んだ瞳とは違うが、何かを訴えかけるような視線だ。 「どこからくるの、その自信」 「いや、事実だし」 「あっ、そう」 納得がいかないという顔をしつつ、深く切り込んでこないのは、珍しいことだと思う。 しばらく、うーんと唸っていたかと思うと、古典的なジェスチャーに分類される、左手を右手で叩いた。 効果音をつけるとしたら、ぽんっだろうか。 「じゃあ、質問変えるわ。兄ちゃんにして欲しい事、ない?」 「いきなり、なんだよ。無いよ」 「じゃあ、カリスマ級スパダリの俺には」 「誰がスパダリだよ」 手にしていた求人雑誌で、思わず床を叩く。 いや、どう頑張ってもツッコまずには居られない発言だった。 これでへらへらと笑ってくれれば、少しは違ったのだと思う。 だが、万年お気楽思考のおそ松の顔はなりを潜め、目の前にいたのは恋人の顔をしたおそ松だった。 「俺さ、そんなに頼りない?」 少しだけ寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。 なんとなくまっすぐ見返す事が出来ず、少し視線を落とす。 「えー、これでも俺、長男だよ」 「長男って言っても、僕たちと同い年だよ。それにおそ松兄さんって、どこか信用ならないんだよね」 皆が風邪引いてダウンしているのに、兄弟の財布を持ってパチンコに行って、全額スルとかないよね。 頼りになる、ならないで言えば、実はなるんだが、それは悔しいから言わないでおく。 実際、兄弟が最終的に頼るのは、なんだかんだでこの長男である男なのだ。 そんな事を思っていると、盛大なため息をつかれた。 「じゃあ、俺の勝手で手を出すけど、文句は無しな」 「えっ?」 予想外の言葉に、一瞬身構える。 がしっと肩に置かれたおそ松の左手。 そして自分の胸の前に抱えていたクッションを奪い取るおそ松の右手。 気付けば、クッションは後方へと投げ捨てられ、ボスンっという鈍い音を立てて何かに当たったようだった。 曖昧なのは、その光景を僕が見られなかったからだ。 なぜなら、僕はそのままおそ松兄さんに抱きしめられ、視界を赤いパーカーが覆い尽くしていたからだ。 人の体温という物は、心地のいいものだと思う。 一瞬、思考を少し前に巡らせていたが、それすら穏やかなものに感じてしまう。 こいつはどれくらい理解してこの行動をとっているのだろうか。 きっと、本能のようなものなのだろう。 ただ静かに抱きしめられているだけなのに、心が安らぐ。 ずっとこの時間が続けばいいと思ってしまうのは、僕の我儘だろうか。 「ねぇ、チョロ松。知ってる?俺、お前の恋人なんだよ?」 「…知ってるよ」 何を今更と思うが、きっと頑なに隠していた行動が原因なのだろう。 行き場を失っていた手をおそ松兄さんの腰に回す。 もともと座っていた僕を抱きしめていた為、おそ松兄さんは膝立ちのような形になっている。 ちょうど胸に頭を預けている体勢だったから、手を回すとちょうど腰に抱きつく形となった。 少しためらったが、きっとカリスマ的スパダリである恋人(笑)には、お見通しなのだろうと、思い切って聞くことにした。 「いつから気づいてたんだよ」 「半年くらい前から気にはなってたんだよ。以前はそんなに酷くなかっただろ?」 主語の無い会話だというのに、きちんとした答えが返ってきた。 一見、要領を得ない行動だが、僕がクッションを抱えるくせに意味があることに気付いていたのだろう。 自分で認めるには恥ずかしい。 かと言って、誰かに指摘されるのは、もっと恥ずかしい。 それを紛らわすように、頭をぐりぐりと押し付ける。 「そうやって、素直に甘えれば良いんだよ。本当に面倒だね、お前は」 「うるさい。黙れ」 「へーへー」 ぽんぽんと背中を叩かれる。 優しい手つきに、もっと甘えていいのだと言われているように感じてしまう。 抱きつき癖が出ている時、実は抱きしめてもらいたかったなんて、言えないだろう。 言葉にするには情けないような、恥ずかしいような理由を飲み込む。 それを許してくれる、自称スパダリの洞察力に感服しつつ、白旗をあげることにした。 頭上でくすりとおそ松兄さんが笑った気配を感じたが、それに気付かない振りをしつつ、優しい抱擁に身をゆだねた。 |
END |