気づくべきでない事もある
時は2月も半ばの事。
クリスマス同様に、松野家のバレンタインデーは、殺伐とした空気となりがちだ。
松野家の6つ子は、揃いもそろってニート。
当然、彼女もちのリア充など存在しない。
そうなれば、チョコレートをもらえる可能性など、皆無に等しい。
クリスマスのプレゼント交換の時のように6人で円陣を組み、持ち寄ったチョコレートの交換会など、ただ空しいだけだ。
それがいつの間にか緩和され、ほんの少しだが、穏やかに迎えられるようになったのは、ここ数年の事。
理由は常識人と主張する三男、チョロ松の妥協による行為によるものだった。

「ほら、チョコも貰えないニート共、今日のおやつだぞ」
「だから、それブーメランだから。チョロ松兄さんだって、人の事、言えないからね」

ツッコミ担当のチョロ松がボケをかます時、決まって辛辣なツッコミを入れるのは末弟トド松の役目だ。
ブーメランなのは自覚している。
だが、それ以上にチョコレート、チョコレートとバレンタインを望む兄弟たちの方が、自分よりちょい下に見える。
だからこそ、自分の事を棚上げにするのは許されるだろうと思っていた。
それを分かっていないトド松に、チョロ松は冷たい視線で投げかける。

「随分と余裕だな、トド松。お前の分、無くていいんだな」
「やだなー。そんな事、言ってないでしょ」

そう言って、両手を広げる様は、さすが計算高い末弟らしい。
ワザとらしく、ため息をついて、その手に綺麗にラッピングされたソレを乗せる。
ちなみに中身はコンビニでも売っているお菓子。
予算は一人300円以内が鉄則である。
そこに毎年各々のカラーに応じたラッピング袋に詰めて渡す。
今時の100円均一は、可愛いデザインも多く、本当に便利だとチョロ松は思っている。

「ありがとう、チョロ松兄さん」

満面の笑みで受け取るトド松に軽くデコピンをし、チョロ松は配給よろしく、次々に他の兄弟達に配っていく。
最後に渡すのは兄弟のクズを代表する、おそ松。
チョロ松から受け取った袋を見て、にんまりと満足げに笑う。

「いやー、モテる兄ちゃんは困るねぇ」
「別にモテてないだろ」

所詮、義理チョコだと言わんばかりのチョロ松の目の前で、おそ松はプレゼント片手に小躍りをしている。
これもいつものテンプレだと、他の兄弟たちはもらったばかりのプレゼントの封を切っている。
たけのこ派ときのこ派で好みが分かれるお菓子を受け取ったのは、カラ松と一松。
今年は季節ものらしく、いつもの緑と茶色のパッケージではなく、少し高級感のあるダークトーンになっている。
十四松は、白と黒の比率が美しいオレオ。
ぱかりと二つに割り、オセロが出来るよ!と喜んでいる。 トド松は、アメリカのママンの味、ホームメイド風なクッキーである。
こちらも季節ものらしく、今までに食べたことのない味である。
あとで温めて食べようと思いつつ、まずは1つ、そのまま口に頬張る。
何か飲み物が欲しいと思っていたところで、カラ松から湯呑を差し出された。
中身は日本茶。
ここはコーヒーか紅茶だろと思うものの、この家ではそういうオシャレなものは似合わないと、受け取ったお茶でのどを潤す。

ふと、各々が食べているお菓子をみて、トド松が首を傾げる。
バレンタインのお菓子と言えば、チョコレートである。
これは日本のお菓子メーカーの陰謀だと言われているが、冬の寒い季節に、チョコレートのねっとりとした甘さは合っていると思う。
この時期、コンビニからスーパーまでチョコレートの商品がわんさかと陳列されている。

それなのに、なぜ、このラインナップなのだろうか。

「そう言えば、いつもチョコ味のお菓子だよね」
「バレンタインデーに、餡子とか和菓子がよかったのか」
「いや、そうじゃなくて。それじぁ、バレンタインの意味ないよ。色しか似てないし」

チョコレートだけがバレンタインの意味ではないのだが、雰囲気というものがある。
告白を受けるプレゼントが、みたらし団子だったら、それは失敗するだろう。
それだけは100%断言できると、チョロ松の言葉を否定する。

「いかにもチョコレートってもの、貰ったこと無いなぁって思ってね」
「そうだっけ?気にしたことなかったや」

近くにあった雑誌を読んでいたチョロ松は、一瞬、視線をトド松に移す。
そして少しだけ泳いだ目に、トド松は視線の先を追う。
それは嬉しそうにチョコレートを口に運んでいるおそ松の姿があった。

「あれ?おそ松兄さんのは、板チョコ?」
「そうだけど」

あげないぞと言わんばかりに、体でチョコレートを隠す姿は必死すぎる。
誰もとらないしと呆れつつ小さな違和感を感じた。
おそ松が手にしていたのは、小さなクランチが入った普通の板チョコである。
季節商品でもなく、いつの時期でもコンビニに並ぶ品だ。
それこそ、違和感の理由だトド松は思った。
バレンタインと騒ぐわりに、普通なものすぎないだろうか。
いつもの長男なら、それこそ高級品をせがむはずなのに、そんな言葉すらない。

「それで不満ないの?」
「うん。美味いよ、これ」

それは紛れもなく、満足している笑みだった。
少しだけ細められた瞳の先に、言葉に出来ない感情が現れているようで、トド松はその視線の先を思い出す。
それは送り主であるチョロ松だ。
その理由を考え、一つの可能性を導き出す。

どうやら、気づくべきでない事もあるらしい。
空気の読める末弟は、甘いお菓子と共に、発覚した事実を飲み込むことした。
それが松野家で上手くやっていくコツだと言わんばかりに。



END





モドル