嫉妬はアジサイ色 |
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一週間前のニュースで、関東地方の梅雨入り宣言がされて以来、連日雨が続いていた。 その日も、朝から空は重い雨雲に覆われており、意味も無く憂鬱な気分になる。 こんな日は、世のカラ松ガール達には悪いと思いつつ、自宅にいるのが一番だと思う。 自室の窓際に腰を下ろし、出会えなかったカラ松ガール達に思いをはせていた。 「あれ、一松いない?」 静かに開いた自室の扉。 そこには、チョロ松が立っていた。 「確か、随分前に出てったよ」 「たぶん、公園っスよ。一松兄さんのお友達に子どもが生まれたって聞いたっス」 トド松と十四松の言葉に、首をかしげる。 何か納得出来ていない表情が気になり、言葉をかける。 「どうかしたのか、チョロ松」 「いや、玄関の傘は全員分あったから、室内にいるのかと思ったんだけど。もしかして、傘も差さずに出かけたのかな」 「えー、結構雨降ってるっスよ」 「変なところで無頓着だからね、一松って」 チョロ松の言葉に、あの一松ならばありえると妙に納得する。 普段、自分のことを卑下する一松は、自分の事についてはとことん無頓着なところがある。 同じ兄弟として、出来ればもっと自分に優しくして欲しいと思うのだが、それを言おうものなら、結果は目に見えている。 なぜか、他の兄弟よりもあたりがキツイのは、今に始まった事ではない。 それ自体はいいのだが、一松自身のことが気になる。 さて、どうしたものかと思ったが、ここは心の声に従うべきだろうと、重い腰を上げた。 「あれ、カラ松、出かけるの?コンビニ?」 「いや、ちょっと雨に打たれて凍えているキトゥンを見てくる」 「あー、それ、間違っても一松兄さんに言わないでね」 「血の雨降るパターンだからな」 チョロ松とトド松の忠告に、コクコクと頷き返し、階段を下りていく。 その後ろでおそ松からタバコのお使いを頼まれたが、金を渡されたわけではないので、無視しようと心に決める。 玄関まで行けば、外の雨音が先ほどより大きくなっている事に気付いた。 ひとまず自分の分と、一松分の傘を手に取り、玄関の戸を開ける。 目の前に降り注ぐ雨を見て、思わずため息が漏れる。 こんな天気の中、傘をささずに出かけるなど、風邪を引いても知らないぞと思いつつ、足早に公園へ向かった。 朝からの続く雨の所為か、通りに人の出は少ない。 この雨の時期、外出を渋る人は多いだろう。 だが、一松は割りと気にせずに外に出かける事が多い気がする。 それは友達の猫を心配してだったり、きちんと理由はあるらしい。 今回も十四松の情報通りなら、生まれたばかりの子猫が雨で弱っていないか心配だったのだろう。 憎まれ口を叩く事もあるが、なんだかんだ言って一松は優しいのだ。 人気の無い公園の中を進み、中央のベンチがあるスペースまで向かう。 そこは利用者の為に、屋根が付いた休憩場所となっており、案の定、見慣れた紫色のパーカーが丸まって座り込んでいた。 「そいつが生まれたてのキトゥンか。随分と愛らしいな」 「黙れ、クソ松」 後ろから覗き込めば、一松の視線の先には親猫の尻尾にじゃれている子猫がいた。 猫に触れ合っている時の一松を見るのが好きだった。 その時だけはその場は柔らかな空気に包まれており、俺に対してもその好意を向けてくれているのではないかと錯覚できたからだ。 俺の登場は予想していなかったらしく、怪訝な顔をされた。 「で、何?」 「チョロ松から、お前が傘を持たずに出て行ったんじゃないかって聞いてな。お節介だと思ったが、傘を持ってきたんだ」 そう言って、片手に持った傘を差し出せば、小さく舌打ちをされた。 やはり、一松は傘を持たずに出かけてきたらしい。 しばらく反応が無く、機嫌を損ねたかと思ったが、そうではなかったらしい。 しなやかな尻尾をくねらせ、子守をする親猫をひど撫でし、ゆっくりとした動作で、一松が立ち上がった。 そして静かに俺の手から傘を受け取ると、面倒くさそうに傘を開いた。 「一応、礼は言っておく。ありがと」 「あぁ、気にするな」 珍しく素直に言われた言葉に、心が躍る。 ゆっくりと自宅へと向かう一松の脇を同じペースで歩く。 特に会話ははない。 だが、雨音がBGMの役目を果たしており、それが心地よかった。 住宅地を歩いていると、ふと一松の足が止まった。 「どうかしたか」 「いや、綺麗な色だなって」 そう言って手を伸ばしたのは、アジサイの花だった。 誰の家かすら分からないが、昔からある家のようだ。 ちょうど敷地の入り口にいくつか植えられたアジサイはよく手入れがされており、綺麗に花が開いたところだった。 一松が触れている花を見ると、よく見るガクアジサイよりも、青みが強い気がする。 青というよりも、藍色を連想させる青だ。 「藍姫か…」 視線を下げると、家主が地面に植えたプレートが目に付いた。 確かに納得のいく名前だと思う。 一松はそのアジサイが気に入ったのか、手が濡れるのも惜しまず、愛しそうに花に触れている。 その姿に、心がざわつく。 綺麗だと思った。 それと同時に、なぜ自分にはその優しさが向けられないのだろうかと、思ってしまった。 これは家族すら気付いていないことだった。 俺は長い事、一松に片想いをしている。 同じ遺伝子を分けた6つ子。 それも男兄弟だ。 実らない思いと、理解はしている。 だが、一度あふれ出た思いを消す方法など、俺は知らない。 割り切れるほど、大人ではないのだ。 アジサイの花に嫉妬するなど、馬鹿げたことだと思う。 だが、それでも羨む心は俺の心を蝕む。 思わず、アジサイに伸ばされた一松の右手に手を伸ばす。 もしかすると少し力が強かったのかもしれない。 一瞬、眉間にしわが寄ったのは、俺が触れた事に嫌悪感ゆえかもしれない。 それでも俺は、その手を離す事は出来なかった。 「おい、なんだよ」 「いいから、帰るぞ」 問答無用で一松の手を引き、家へと向かう。 普段なら文句が飛んでくるところだが、なぜかこの日の一松は何も言わず、静かに俺に従ってくれた。 先ほどまで心地よかった雨音さえ、邪魔だと思うほど、俺の心は酷く荒れていたのだった。 俺にも優しく触れて欲しいなんて、言えるわけがない。 恋と呼ぶには美しくない嫉妬にまみれた心は、アジサイの色に塗りつぶされた。 |
END |