スプーン一杯分の幸せ
昔、お母さんがよく歌ってくれたもの。
それは大人になって思い出しても不思議なマザーグースの歌たちだ。御世辞にも、決して上手とは言えないメロディーだったが、何度も聞いているうちに、それらは私の中で、すとんと収まる場所を見つけたようだった。



なかでも「What are little boys made of?」(おとこのこって、なにでできてるの?)は、軽やかなリズムと繰り返すフレーズが好きで、よく口ずさんでいた。
しかし今になって考えると、私はこの歌詞をそのまま信じる事は出来ないでいる。
私はあの歌のように、可愛いものではできていない。
ソウルもあの歌のように、ちんちくりんなものではできていない。
世の中とは、そういうものだと思う。



「あれ、砂糖のストックあったかな」

休日の朝。
今週は演習が立て込んでいて、休みはゆっくり過ごそうと、ソウルと決めていた為、いつもより遅く起きる事にした。
いつもならきちんと朝食をとるところ、ブランチに移行したのは、当然の結果と言える。
何を作ろうと悩むでもなく、ホットケーキを作ろうと決めたのは、同じく昨夜の事だ。
張り切ってキッチンに立ったのはいいのだが、どうやらお砂糖が切れていたらしい。
食事、買い物、掃除とルームメイトのソウルと交換制でやっていたのが、仇になったと言うべきか。
その時は、気に留めずにいると、相手の番になった時に切れているという事が多々ある。
最後に砂糖を使った料理はいつだったろうか。
この前のフレンチトーストを作った時はまだ一杯あった気がする。
頭をひねって考えるが、思い出せるわけもない。
仕方がないと、棚の中をのぞいて、ストックの砂糖が無いか探す。

「さすがに腹減ったな。って、何してんだよ」

そうこうしていると、ルームメイトのソウルが起きだしてきた。
ダルそうにあくびをし、寝癖のついた髪の毛を手櫛で直そうとしている。
死武専内で、何気に人気があるソウルだが、彼のこういう普通の顔を見たら、彼女達はどう思うだろうか。
一人心の中で考えてみるが、私は彼女たちではないので、きっと正解など見つからないだろう。
彼女達が知らなくて、私だけが知っている顔。
それにちょっとした優越感を抱くのは、私の醜い一面だと思う。
しかし私はジャムの瓶を閉めるように、そういう感情に蓋をする。

「ねぇ、ソウル。お砂糖なかったっけ?」
「上の棚は?」

普段、ストックを買ってくると、置く場所を指さされ、首を振る。
そこは一番最初に覗いた場所であり、そこに無いという事は、ストックが無いと事だ。

「もう探した」
「じゃあ、あとはコーヒー用のスティックしかねぇな」

そう言われて、棚の中から出されたのは、ほんの数本だけ。
ホットケーキには足りないだろう。
材料を見て、私が作るものを察したのか、代替案を口にした。

「ガレットか、パンケーキなら、出来るな」
「今日は甘いホットケーキが食べたかったのに」
「また今度作ればいいだろ。ほら、手伝ってやるから、作るぞ」

そう言って、私の脇に立つと小麦粉の袋に手を伸ばした。
棚からふるいを取り出し、真っ白な粉を雪のようにさらさらと振るい始めた。
デスシティでは無縁な光景だなと思いつつ、気分を切り替えるように、努めて明るい声を出す。

「じゃあ、パンケーキ。私、甘いもの食べたい」
「オッケー」

よく使うレシピを取り出し、生地の準備をする。
私は甘いパンケーキがいいと思ったが、ソウルはお食事タイプが良いらしい。
冷蔵庫からベーコン、卵、キノコ、玉ねぎ、生クリーム、チーズを取り出して並べる。
彩が足りないから、レタスとパプリカを追加して、サラダも作ることにした。

二人で作業をしているうちに、段々と楽しくなってきて、気づいたら「What are little boys made of?」を口ずさんでいた。
勿論、作業は滞りなく進めている。
パンケーキを焼くのはソウルの役目で、私はソウルリクエストのキノコのクリームソースを煮詰め、味を調える。
もう少し胡椒を入れてもいいかなと、黒コショウの入ったミルに手を伸ばす。

「それってマザーグースの歌だよな」
「うん。昔ね、ママがよく歌ってくれたんだ」
「お前が歌うとへたくそだな」
「うるさいなぁ」

ケラケラと笑うソウルだが、その脇では、綺麗に焼き目のついたパンケーキがお皿に積み重ねられていく。
やや小ぶりに焼いた為、枚数も多い。
サラダと合わせて、テーブルの真ん中に並べられる。
お互いの取り皿をテーブルに置き、テーブルセッティングももうすぐ完成だ。
ポットに熱いお茶を入れ、紅茶の準備をする。

「メロディーは好きなんだけど、歌詞はちょっと苦手っていうか、素直に頷けないんだよね」

何気なく言った言葉に、ソウルは変な顔をしていた。

「何でだよ」
「だって、女の子って、そんな素敵なもので出来てないもん」

好きな人が関われば、嫉妬もする。
自分の力不足を棚に上げ、劣等感を感じることもある。
綺麗な心でいようと思っても、そう上手くいくことばかりじゃない。

「そんなの皆、分かってるって」

先に席に着いた私に、ソウルが呆れたようにため息をついた。
そして冷蔵庫からバターとメープルシロップの入った瓶を取り出すと、ココットヘ琥珀色の液体を流し込む。
バターは四角く切って、お皿に並べうち一個を私の私の目の前に置かれたパンケーキの上に置いた。

「だから世の中には甘いものがあるんだろ。ほら、スプーン一杯で心もお腹も幸せってな」

にかっと笑うと、ソウルは底の丸いスプーンに手を伸ばしていた。
ココットからメープルシロップをすくうと、ゆっくりと、しかしスプーン一杯分すべてパンケーキにをかけていく。
パンケーキの上では、パンケーキの温かさで、少し解けたバターとメープルシロップが混ざり合う。

その様は、私の心の中にあった醜い感情に重なって、それでいいのだと言ってもらえた気がした。

「ほら、温かいうちに食おうぜ」
「うん」

ナイフで半分に切ったパンケーキを口に運ぶ。
口内に広がるのは、バターの塩分とメープルシロップの甘味。
そしてふわふわのパンケーキの優しさ。
きっと逆の味が合わさるからこそ、料理も人も良い味が出るのかもしれない。
ソウルの優しさをかみしめつつ、世の中とは、そういうものだと思う事にした。



END





モドル