砂漠の夢
酷く喉が渇いた。
空気に水分を感じない。
ジリジリと照りつける太陽の光が恨めしい。
目の前にはただ砂の山が広がっている。
雲ひとつない青空と砂のコントラストが、作り物のように感じるほど不思議な光景だった。
なぜか俺は一人、砂漠に立っていた。
人どころか、生き物の気配が感じられない。
左右前後を見渡すが、やはり動くものを確認できない。
なぜか急に、この世界には自分一人しかいないよう気がしてきた。
俺の思い違いならいい。
そんな不安をぬぐいたくて、砂に足をとられながら、前へと進む。
いくら歩いても砂漠の風景は変わらない。
全く前に進めていないのではないかと、自分を疑いたくなる。
どれくらい歩いただろうか。
渇いた空気がゆらりゆらりと揺れる。
遠くに今まで見なかった色彩を捉えた。
よく見えないものの、直感でオアシスだと思った。
俺は走る。
何度も砂に足をとらわれながら、蜃気楼による幻かもしれないと頭の何処かで思いつつ、俺は走った。
心臓が破裂するんじゃないかと思えるほど走った気がする。
あきらめかけていたその時、やっとそこにたどり着いた。
確かにオアシスはあった。
青々と茂る木々の奥には、待ち望んだ水があった。
水を飲もうと、急いでかけよる。
手を伸ばし、水を口に運ぼうとした時だった。
水の中に、何かがいることに気づいた。
まるで人形のように、水の中にいたもの。
その名前を口にしようとした時だった。
俺の世界は暗転した。


「夢か‥」

視界に映るものが、よく見慣れた自室の風景で、俺はさっきまでの不思議な時間が全て夢だった事を理解した。
ほっと胸をなでおろしたものの、妙に喉が渇いている事に気付く。
真夏の太陽の下、全力疾走でもしたように汗をかいている。
本当に砂漠にでも行っていたのではないだろうかと、思えてくる。
だが砂漠のど真ん中と違い、ここでは、水道から好きなだけ水を飲むことが出来る。
俺はベットから降り、キッチンへと向かう。
当然だが、蛇口をひねると水道からは冷たい水が流れ落ちる。
夕飯時に使い、乾かしてあったグラスを手に取ると、口切まで水を注ぎ、一気にそれを飲み干す。
からからのスポンジに水が染み込むように、体の隅々まで水が行き渡ったようだ。
グラスを片付け、部屋に向かおうとして、ソファーに人の気配がすることに気づいた。
同居人で、パートナーのマカだ。
なぜかマカは、タオルケットを体にかけ寝ているようだった。

「おい、マカ。そんなところで寝ると、体を痛めるぞ」

すやすやと幸せそうに寝ているマカを起こすのは忍びなかったが、これで明日の授業に支障が来ても困る。
明日は実技の授業があるのだ。
タオルケットがずれ落ちて露わになっている肩に手を添え、軽くゆする。
何度か、声をかけると、かすかな唸り声を上げ、マカの瞳がゆっくりと開かれた。

「あれ、ソウル?」

もう、朝?とかのんきなことを口にするから、俺はわざと盛大なため息をついて見せた。

「まだ日が昇ってないだろ。ソファーなんかで寝るなよ」

まだ少し寝ぼけているのか、左右を見渡し、状況を確認するマカ。
しばらくして、あぁ、と納得したような声を上げた。

「なんか、今夜は月を見ながら寝たい気分だったの」

そう言って、少しカーテンの開かれた窓の外を見る。
空に浮かぶ月は、いつものように不気味に笑っている。
こんな月を見ながら寝たいなんて、マカの気がしれない。

「で、ソウルはこんな時間にどうしたの?」

体にかけていたタオルケットをどかし、マカはソファーに腰かけ直した。
そして自分のことは話たのだからと、マカが俺に問いかける。
さすがに砂漠の夢をみて、目が覚めたというのもクールじゃない気がして、つい目をそらしてしまった。
マカはどちらかというと目を合わせて会話をしたいタイプらしく、分が悪いとついつい目をそらす俺は、自ら負けを認めているのだと、最近気が付いた。
「うーん、ソウルが言いたくないなら無理に聞かないけど」

そういって一度言葉を切ると、マカは俺に座るようにと促すように、自分の脇をポンポンと叩く。
俺はしぶしぶと、隣に座る。
いつものおせっかいなお説教が始まるのかと思えば、マカの頭が俺の肩に乗った。

「この家には私とソウルしかいないんだから、無理はしなくていいと思うよ」

いつにない優しいで言われ、俺は心の中で、本格的に白旗を振った。

「…マジで降参だわ」

こつんと、マカの頭に俺の頭を添える。
何も言っていないのに、どうして、こいつはおれの心を見透かすのだろうか。
「よしよし、いい子、いい子」

小さい子どもをなだめるように、マカの声が響く。
少しだけ感じた居心地の悪さに、マカが手にしていたタオルケットを掴むと、マカと俺を包み込むように頭からかぶった。
そして月明かりから隠れるように、ギュッとマカを抱きしめる。
俺の胸元でくすくすと笑うマカの声がする。

「なんか、今日のソウル子どもみたい。迷子になって泣いてるみたいなんだもの」
「わるかったな」

マカの指摘により、きっと彼女から見えない俺の顔は少し赤くなっていると思う。
それでもこの心地の良い時間を手放すことなどできず、俺は静かに目をつむる。
きっとこのまま寝たとしても、次は砂漠の夢など見ることはないだろう。
そんな安心感のある存在が近くにあることが何よりも幸せだと思える夜だった。



END



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補足
砂漠の夢:荒れた心、孤独感、絶望的な状態
砂漠で人に会う:孤独の原因または救ってくれる者





モドル