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頬をかすめる風に、先ほどまで降り続いていた雨の匂いを感じる。 ところどころ、水溜りが出来た道をバイクのライトで照らしながら、前へと進む。 背中にはパートナーのマカを乗せて、俺は静かにハンドルを握る。 世界には俺たち二人しかいない。 そんな錯覚を起こしそうな夜だった。 |
君と見上げる空 |
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新学期前の長期休み、死武専のEATクラスの学生には、ある一つの課題が出される。 それは課外授業の延長として、引き続きパートナーと共に悪人の魂を集めることである。 人間の魂99個と魔女の魂1個を食らうことで生まれる死神様の武器、デスサイズ。 それは武器である俺の現在の目標。 そしてパートナーのマカにとってはデスサイズを作ることが目下の目標だ。 今は一つ星のコンビだが、それなりに実力もついてきたと自負している。 だからこそ、この課題は俺たちに大いなるやる気を与えた。 課題を行う上で、特にエリアは指定されていない。 デス・シティーからほど近いエリアでもいいし、遠方へ出かけてもいい。 普段の学業の間と違い、この期間は労を惜しまず、遠方へ出かける生徒は多い。 なぜなら、死武専の支援で遠方への旅費は全て賄われるからだ。 それにかこつけて、観光地へ足を伸ばす生徒や実家へ里帰りをする生徒も少なくはない。 マカの場合、デスっ子の為、特に里帰りをする必要はない。 俺も実家に帰る気はなく。 いつものようにデス・シティーにとどまっても良かった。 だが、せっかくの長期休暇でもあるからと、魂集めの場をヨーロッパに決めたのだった。 現地入りしてはや一ヶ月。 今はイギリスの片田舎に来ている。 観光地というよりも避暑地と言った方がしっくりくる自然が豊かな土地だ。 正直、俺にとっては暇で仕方が無い。 だが悲しいかな。 武器と職人のペアでは、職人の決定権の方が強い。 マカがここに行きたいと主張すれば、無下に断ることなどできないのだ。 ちなみになぜ、マカがこの地を選んだかと言えば、ここは児童書で有名な擬人化ウサギが描かれた舞台なのだそうだ。 「やっぱり一度は物語の舞台って見てみたいよね」 そういって、色あせた背表紙の本を大切に胸に抱えるパートナーを見て、その発案を却下するなど、クールな男のすることじゃない。 そんなこんなで、悪人の魂を回収しつつ、イギリスの自然豊かな片田舎に足を延ばしたのだった。 「まさか、急に大雨になるなんてね」 レインコートについた滴を、丁寧にふき取りつつ、マカが窓の外を見つめた。 片田舎とはいえ、悪人が全くいないわけではない。 むしろ都会と異なり、人を疑うことを知らない人たちをたぶらかし、甘い蜜を吸うものも少なくない。 今夜、俺たちが回収した魂も、そんな一つだった。 「レインコートなんかやめて、水着で戦った方がよかったんじゃないのか?」 自分でもクールじゃないと思いつつ、つい口から出てしまった言葉は、マカの神経を逆なでしたらしく、5cmほどの厚さのある本で「マカチョップ」をお見舞いされた。 「バカなこと言ってる暇があるなら、自分の夕飯は自分で作れ」 そういいつつも、今日の食事当番はマカなわけで、準備を始めた材料は全て二人分出ていることを確認し、俺は濡れたタオルを手にバスルームへ移動する。 洗濯機に先ほどのタオルや着替えを放り込み、洗濯スタートのボタンを押す。 しばらくすると、水が自動的に給水されはじめた。 洗剤をセットし、洗濯が終わるまで自室に篭ることにした。 今回の課外授業の移動の足には、俺のバイクを持ってきている。 その為、ある程度遠方まで移動することが出来、俺たちは短期滞在用のアパートを拠点に課題をこなしていた。 ここにも約1週間になるが、イギリスの天気の変わりやすさには、本当に驚かされる。 朝、テレビで天気予報を見るが、100%命中することはありえない。 晴天だと思ったら、午後には重い色の雨雲が空を覆ったり、また急に空に散らばったり、通り雨が降ったりせわしない。 外の雨音に耳を傾けつつ、現地で手に入れた雑誌に目を落とした。 「ソウルー、ご飯できたよ」 どうやら、少しうとうとしていたらしい。 キッチンから呼びかける、マカの声で意識が浮上する。 欠伸を噛み殺しつつキッチンへ行くと、ぽんぽこダンスの鼻歌を歌いつつ、マカが上機嫌に鍋に蓋をしていた。 食卓には色鮮やかな緑黄色野菜いっぱいのシチューと昨日、近所のベーカリーで購入したパンとジャムが並んでいる。 「今夜は少し冷えたから、温かいものにしてみたよ」 「おう、サンキュ」 向かい合う形で席に着くと、そろって「いただきます」と言い、スプーンに手を伸ばす。 素朴ながらも野菜の味がいいからか、とてもおいしく感じる。 食事をしつつ、マカは次回のターゲットをどうするかと、課題の話をしだした。 本当なら飯がまずくなるから、課題の話はしたくないのだが、残りの日数を考えるとあまり裕著なことは考えていられない。 いくつか候補を上げつつ、最終的にはロンドンにいる切り裂きジャックをターゲットに定めることとなった。 「というわけで、あと3日したらイギリスを立とうと思う」 マカの意見に同意し、簡単なプランがまとまったところで、食事は終了した。 「御馳走様でした」 「御馳走さん」 食器洗いは俺の当番なので、そのまま席を立つ。 テーブルの上できれいに重ねられた食器を運び、水の張ったボウルに沈める。 気づけば、外の雨音は止んでいるようだ。 キッチンについている小さな窓を開けると、そこで星たちが輝いていた。 何気無く見ていた景色から室内へと視線を戻すと、一つの案が頭に浮かんだ。 「おい、マカ。この後、暇か?」 軽く振り返りマカに呼びかけると、手にした本をこれ見よがしに振っている。 読書しているから暇じゃないのアピールだ。 まぁ、マカが本の虫なのは、今に始まったことじゃない。 だからこそ、俺はあえてそれを無視し、言葉を続ける。 「よし、ちょっと夜の散歩に付き合えよ」 「えっ?」 目を丸くしたマカに気分を良くした俺は、にやりと口の端を持ち上げて笑った。 それから約15分。 ここ1週間の土地勘を頼りにバイクを走らせる。 夜ということもあり、夜行性の動物たちが急に飛び出してこないか、十分に注意しつつ安全運転に努めると、小さな森を抜け、開けた場所に出た。 湖だ。 冷たい風が水面を撫で、薄いベールのように波打っている。 バイクのエンジンを切ると、静寂に包まれた世界が広がっていた。 「綺麗…」 バイクから降り、マカがぽつりとつぶやく。 先ほどまで降っていた雨の影響か、三日月の淡い月明かりに草花はきらきらと輝き、幻想的な世界を作っている。 バイクをスタンドで固定し、バイクのカバーにしていたビニールシートを持って、湖へと近づく。 湖まで5メートル位近づくと、周囲を見渡し立地を確認する。 問題がなさそうだと判断し、ビニールシートをバサッと広げ、スペースを作ると、俺はその上に寝っころがった。 「何してんの、ソウル」 「あぁ?星を見るんだよ」 そういって、満天の星空を指さす。 そこでやっと俺の意図を汲み取ったのか、マカが俺の隣に横になった。 先ほどまで降っていた雨を凌ぐため、持ってきたビニールシートは、バイク用の大き目なシートだ。 二人で横になっても大丈夫なように、あえてそれにした。 さすがに、雨でぬれた地面に座り、ケツをびしょびしょにしながら、星を見るのは落ち着かないと思った俺の配慮だ。 「うわー、なんか星が降ってきそう」 「だな」 先ほどまで降っていた雨の効果で、大気中のゴミがないせいか、空気は澄み、星が輝いて見える。 空気が澄んでいるという意味では、デス・シティーも気候的には澄んでいるのだが、普段、こうやって夜に星を眺めることなど、めったにない。 「なんか、不思議だね」 「何が?」 「ソウルとパートナー組んで、大分経つけど、こうやって星を見ることなんて、今まで一度もなかったよね」 「確かに、そうかもな」 例えば、同じ職人・武器ペア仲間はどうだろうと、思い浮かべる。 ブラック☆スターだったら、きっと「ここに一番ビックなスターがいるから、星なんて見る必要はねえ!」とか言いそうだ。 キッドの場合は、周囲もうんざりするシンメトリー主義だから、夜空の星を見て喜ぶとは考えられない。 むしろ、気持ち悪くなるとかいいそうだ。 椿あたりなら、風情とか大切にするし、きっと喜ぶだろう。 いつだか、日本には「たなばた」という習慣があり、ミルキーウェイに思いをはせるのだとか言っていた気がする。 リズやパティの場合は、どうだろうか。 五分五分の気がする。 初めは喜ぶかもしれないが、すぐ飽きそうだ。 俺の勝手な想像だが、実際に皆で星を見たとしても、大きく外れることはない気がする。 そう考えると、マカを誘ったのは、悪くない相手だと言える。 普段はちんちくりんなガキで、無駄に男前な行動をするマカだが、心の中は違う。 少しひねくれてはいるものの、好きなものは好き、綺麗なものは綺麗、そう素直に思ったことを言えるやつなのだ。 それがこいつの良いところだと思うからこそ、俺はあえて二人で星を見たかったのかもしれない。 「なんか、心を空っぽにして横になってると、私もこの星の一部なんだって思えてくるね」 「スケールがでかすぎるだろ、それ」 「あははっ。そうだね」 そう言って笑うと、マカは特に言葉をつづけるでもなく、口を閉じた。 確かに、こうやって大自然の中で、無防備に横になっている姿は、大地に溶け込めそうな気がする。 風の音が聞こえる。 森の中で動物たちがささやく鳴き声が聞こえる。 そして隣からは、かすかにマカが呼吸する息遣いが聞こえる。 どれくらいそうしていただろうか。 時計など持ってきていないから、正確な時間などわからない。 だが、真上あった星が、少し傾いた頃だった。 「ソウル、ありがとう。いい思い出になったよ」 突然、マカがそういった。 それは星空を十分に満喫したという一つの合図のような気がした。 「そりゃ、どうも。そろそろ、帰るか?」 「うん、そうだね。少し冷えちゃった」 雲がなく、空気が冷えやすいのか、さきほどから体で感じる風は、少しひんやりとしていた。 さて、起き上がり、ビニールシートを片付けようかと思った時だった。 「あっ」 視界の端に星の足跡が映り、俺は思わず声を上げた。 「どうしたの、ソウル」 「今、星が流れたかも」 「えー、どこ!」 隣で、きょろきょろとするマカに見えるように腕を伸ばす。 「あそこの木の左下から右の方に抜けた気がする」 そうやって、星の軌跡をなぞるように、指さしをする。 「えー、なんでももっと早く教えてくれなかったの」 「いや、流れ星なんて一瞬だろ。無理だって」 それでも私も見たかったのだと、頬を膨らませて拗ねる姿は、小さな子供のようで、思わず笑みがこぼれた。 「…ソウルだけ、ずるい」 納得がいかないと文句を言うパートナーに、俺は心底、自分の立場が弱いなと思いつつ、新たな提案を出す。 「じゃあ、もう少しここで粘るか」 話の流れとしては、そろそろ引き上げようとしていたのだから、全く逆の行動だ。 それでも、こういわないと、後々なんて言われるかわかったもんじゃない。 それがわかる程度に、マカとの付き合いは長いのだ。 だから、このあと、マカがどういう返事をするのか、待たなくてもわかるのだ。 それでもあえて、マカの顔を見て、答えを待つ。 「…うん。今度こそ、私も流れ星見るんだから」 「はい、はい。かしこまりました、私のご主人様」 わざとらしく答えると、マカは満足そうににんまりと笑った。 予想通りの答えに、俺は自分の上着を脱ぐと、マカの上に羽織った。 「ありがとう、ソウル」 「風邪なんかひかれても、困るからな」 自分でも素直じゃないと思いつつ、再び横になる。 そして偶然流れたほうき星に、小さく感謝し、静かに星を眺めた。 こんな平穏な時もたまには悪くないと思いながら…。 |
END |